みなさまご存知、かのPunxの本です!
え、知らない? まさかそんな。
ほんとに?
いや、そうかもしれない。なんかすみません。出直します。
Punx三部作の一冊目、表紙が超かっこいいです。一昔前のドイツ手品界では有名人だったらしく、たとえばTed LesleyのParamiraclesでも大きく写真が掲載されていて、私も名前だけは知ってました(いま読み直したら、Lesleyは「Punxは我々の時代のHofzinserだ」とまで言っています)。一方でトリックのクレジットで名前を見た記憶は無く、どんな人なんだろうと思ってe-bookを買いました。正確に言うと、10年くらい前にウィッシュリストに入れて、6年前くらいに購入して、先日やっと読みました。
どういう人かというと、パフォーマーとして有名で、特にTVで活躍していたようです。特徴的なのはそのスタイル。手順や技法の新奇性は無いが、とにかく物語仕立てで演じるのがすごい、とのことで、トリックのクレジットで出てこないのも宜なるかな。
そのスタイルについては翻訳時点の前書き(1988)で既に「マジック的に新しいところはごくわずかしか無い」と言われてるのですが、e-book版の前書き(2013)ともなると「演出はそのまま通用すると著者は言っていて、当時はそれに同意したものの、ここ十数年で状況は変わってしまった。現代の子供の注意持続力に、古いお伽話はもう通用しない。50年前とは時代が違うのだ」とまで言われる始末。
こう書かれると、まあ大抵の人は読む気にならんでしょう。けれども、この人はドイツのTVスターなんですよ。それもTVが今よりはるかに力を持ち、その国の文化に影響を与えていた頃の。タマリッツが、ダグ・ヘニングやカッパーフィールドが、それぞれの国の手品文化に及ぼした有形無形の影響は計り知れないでしょう。であるならばPunxの手品も、きっと現代ドイツ手品の底に流れているのです。ハートリングやフロリアンの手品を理解するのに、Punxを読むのは必須と言っても過言ではないでしょう。
というのはまあ、後から組み立てた理屈ではあるんですが、読んでみると結構面白かったですし、実際の事実関係はともかく、ドイツ手品にPunxの影があるような気はしてきます。なにより「物語仕立て」の程度が、私の想定をはるかに上回っていました。
たとえば――昔々、貧乏だが満ち足りて幸福な羊飼いの少年がいた。しかしあるとき、貴族が近くを通りかかって、それを見た彼は贅を知ってしまい、己を不幸と思うようになる。「なぜ僕は貧乏で、きれいなお嫁さんも居ないんだ」。ある夜、夢の中に妖精が現れ、望みを1つだけ叶えてあげようと申し出る――これが4 Ace Assemblyの演出なんですよ。手品に物語仕立ての演出を加えている、という範疇をすっかり超えて、物語の中で手品をしている。時代が古いのもあって、訓話的な童話が多く、他にも妖精が王様に不可視の衣を与えたが、後妻の女王がならずものを雇ってそれを奪おうとする、といういかにもな童話を、ほんとに小さな人形を使って演じるものまであります。
古い本ですが、著者の狙いがしっかり書かれているのもよい。Punxは演出にも道具にもこだわりますが、それは物語の力によって観客から手品の裏側に対する疑いを取り除き、もって手品をアートとして成立させるためなのだそうです。手順や道具の解説はかなりおざなりで、これだけ読んでわかるものではないですが、物語手品の意図から、その構築の仕方、練習の仕方まで解説されているので、一冊読んでみるのはいいのではないでしょうか。個人的にはとても楽しかったです。
ちなみに書誌の補足ですが、ドイツ語版Setzt Euch zu meinen Füßen...が1977年、英訳版Magical Adventures and Fairy Talesが1988年、その第二版がOnce Upon a Time…とタイトルを変えて2000年、そしてLybraryからでた電子版が2013年です。奥付けと実際の刊行とで一年ぐらいズレはあるかもですがそこは許して。
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