2018年12月28日金曜日
"prevaricator" Patrick G. Redford
prevaricator (Patrick G. Redford, 2005)
Patrick RedfordによるノーギミックのWhich Hand(の亜種)。
記事を書きかけてずっと放置してたのですが、UnVeilを読んで良い機会だったので発掘しました。
Redfordはメンタルがメインの人ですけれども、普通のカードもやってるしコインもやってる、何ならマンガも描いてるらしい、割と手広い人です。で、当たりはずれがけっこうあるんですけれども、これは非常に賢い大当たり手順。
2人の観客にコインを渡し、演者から見えないようどちらかに握って貰う。また嘘吐き/正直の役割のうち、どちらがどちらを担うかも秘かに取り決めて貰う。で、演者は尋ねます。
「コインを持っているのはあなたですか?」
答えは必ず
「はい」
「はい」
か
「いいえ」
「いいえ」
のどちらかです。
しかしこれで、演者は誰がコインを持っているのか見抜いてしまう。
実をいうと、ここには所謂『タネ』がない。文字通りに「嘘を見抜く」のです。と言ってもこう、目を合わせる合わせないとか、返答が遅れる遅れないとか、そういうのではない。もっと信頼性が高く、もっと盲点を突いた手法です。
こういう手法は敬遠する人は多いかと思いますし、僕もどちらかといえばそうです。でもprevaricatorは確実性は高めで、あまり大仰でもないので、心理的な手法への入門にはちょうどよいのでは。この原理は他にもいろいろ拡張できそうでもあり、知っていて損はないと思います。なにより単純に面白い。できのいい推理小説を読んだような気分になります。1トリックに対しては少々お高いですが。
後年、同タイトルのDVDが出ました。なんと対人練習のための練習モード付き。またそうそうたるメンツによる寄稿作品を集めたe-bookも付いていた模様。いまはほとんどどこも品切れですね。買っておけばよかった。
2018年12月25日火曜日
"UnVeil Part I" Manos Kartsakis
UnVeil Part I (Manos Kartsakis, 2018)
メンタリズム手順5作品を収めた小ぶりのハードカバー90頁。
このまえV2という本を買いまして、それが面白かったので著者Manosの他の作品も買いました。ただ収録作が5つで、うち3つはどうもV2で解説している手順のバリエーションっぽい、ということもあってそんなに期待はしていませんでした。
が、これが非常に面白かった。
Brick Opener
V2収録のVice Versaのアレンジ版で、Which Handのかわりにコイントスを使用。コイントス・コントロールの手法は誰でも思いつきそうなものだが、用いる文脈のお陰で成立している。それ以外は基本的にVece Versaと同じ。
Drawing a Blank
4枚の名刺サイズのカードのうち1枚に、観客が親しい人の名前を書いて、他3枚と混ぜる。この状態から観客自身が名前の書かれた名刺を当ててしまう。さらに演者は、観客がその名刺を押さえている状態のまま、書かれた名前を読み取ってしまう。
とても巧みに構成されており、演者は名前の書かれたカードに一切触っていないように見える。道具立てと現象からおよそ想像できる通りの手法なので、マニアをだませるかまでは微妙だけれど、こういった手法につきものの瑕疵を、ささやかな演出上の工夫でカバーしていてそこも見事。
Real Which Hand
Which Handは言ってしまえば1/2の確率なので、本当にこれに勝てる能力があるのだと示すには、複数回繰り返すしかありません。しかし十分に演出がなされれれば、あるいは別の要素が組み合わされれば、勝つのは1回だけでも十分になります。
なじみ深いところで、じゃんけんを思い浮かべればいいでしょうか。演者が観客をステージに呼び、単に一度じゃんけんに勝っても、なんだかなぁという感じです。だから5回勝負と宣言してから全勝するとか、あるいは「いまから僕はグーを出すけれど君はどうします?」などと揺さぶりを掛け、考える時間を適度に与えてから勝つとか、さらに『お互いどの手になるか』が予言されているとか、そういうかたちにする必要がある。
この方法は後者の、1回だけのパターンのものです。
観客がコインを好きな方の手に(演者から見えないように後ろ手で)握り、コインを入れ替えるチャンスが与えられ、さらに自由意志を念押しされたうえで一方の手を前に出す。その手が開かれるよりも前に予言が読まれ――――結果が当たっている。
余計な指示はない。恣意的な制限もない。変な質問もしない。それでも現実世界で成立する。信じられないがほんとうなのだ。この類の手順で究極と言ってもいいと思う。これ1作でこの本以上の価値があります。
ACAANやOpen Predictionでは理想の(そしてあり得ない)手順を探し求めることを、Holy Grailと言って聖杯探求に例えたりしますけれども、まさか、まさか本当に聖杯が見つかる場合があるとは思っていなかった。個人的にそれほどの衝撃です。できればV2も読んでから読んで欲しい。
著者はDerren Brownからの影響を、Brownへの憧れを、随所で書いていますが、この手順もまさにBrownがやりそうで、逆に言うとDerren的なパーソナリティじゃないと演じられないかも。
ProMetheus
こちらは対2人のWhich Hand。V2のVerbalist 2.0の改案というか、ステージ向きにアレンジしたもの。コインが隠されている手だけでなく、2人がそれぞれ思い浮かべている物を当て、さらに視覚的なクライマックス付き。
どうにも盛り込みすぎている感じで。個人的には元の手順の方が好きですけれども、確かにステージ上で4つの手から1つを当てても地味で、こういう拡張方法があるのかと感心しました。またこのクライマックスの作り方は、平易な流れから非常に特異な視覚的要素を作り出せる面白いものです。
Essay: Prop-less or More?
メンタリズム手順をよりオーガニックに見せるにはどうすればいいのか。単に「道具無し」にしたらオーガニックなのか。という問題について、理想の現象に対して現実の手順が持つ『妥協』の度合いから読み解く。やや難しいですが、自作を例に出し、実際の手順構築にどう役立てるかを含めて示してくれます。
私がこの人の手順に感じていた良さ、演出の自然な面白さが、こういったところに根ざしていたのかと。
Invisible Die
見えないサイコロを使ったステージ手順。様々な要素や工夫があって面白いのですけれど、現象としては1/6のフリーコールが予言されている、というだけのことなので、それに対してはやや盛り込みすぎに感じました。
というわけで素晴らしく面白い本でした。エッセイでも触れられている通り、可能な限り『理想の現象』に近づける努力をしており、しかもかなり高いレベルでそれを達成しています。すっかりファンになりました。ステージ物はちょっと盛り過ぎの感もあるけども。
終わってみれば、V2の4つのプロットのうち、3つは本書UnVeilでカバーされており、かつ本書の方が内容が多いので、だからまあ、V2は読まなくてもいいと言えばいい。しかしクロースからステージへの変化に対して、手順をどうアレンジするかという点だけでも十分に面白いですし、なによりWhich Handというプロットの難しさを感じ、『理想の現象』を目指すManosの苦闘を僅かなりとも追体験するためにも、是非V2から読んで欲しいです。ともかく私はこの順番で読んでたいへん幸福です。
2018年12月21日金曜日
"Rainman" Vincent Hedan
Rainman (Vincent Hedan, 2018)
2008年にフランスのコンベンションでHedanに1位もたらし、また彼をFFFFに連れて行くことになった手順Rainmanを限定公開。前身となった手順や、同テーマの手順も含めて4手順を収録。
どれも記憶術のデモンストレーション手順。限定本なのでどこまで書くか迷いましたが、ご本人が演技動画をフルで公開しているので、まあその範囲であればいいでしょう。
Before the Rain
Rainmanの前準備として、元になった手順を解説。記憶術デモンストレーションの定番現象(MoeのMove a Cardなど)をシャッフルしたデックで行う。基礎となっている原理はかなり古いもので、どうやら最近Tamariz(かその周辺)が発掘・再評価した模様。ここでの使い方はかなり単純で直接的であり、手順の使い勝手はいいものの、そういう意味ではいまひとつです。とはいえ、それはたまたま最近、別のところでこの原理を読む機会があったからで、2008年ごろに見てたら騙されたかもですが。
Rainman
赤青ふたつのデックをシャッフルし、104枚のデックで行う記憶術のデモンストレーション。この2デック混ぜる趣向が素晴らしくて、面白いし、記憶術デモとしてもよりリアリティが増す。前半はBefore the rainとほぼ同じ3現象、後半はさらに発展的な3現象の、全6段からなる手順。
普通のデックでもできなくはないのですが、104枚ならではのサトルティが利いていて、手法を上手くカバーしている。またHedanは地味な手順が多いのですが、コンテスト用という事もあってかクライマックスはビジュアルさも意識しており面白いです。
After the train
Rainmanのある要素をさらに発展させた単品現象。これは面白いし、研究の余地もありそう。本書で一番好きですが、多くは書きません。
Triple Rainman
上3作とは違った原理を使う記憶術デモンストレーション。普通のデックでもできるけれどもJermayのMarksman Deckを使うと簡単。これはなんかいまひとつでした。
Hedan氏の別の本Your mind is my playgroundも読みかけて放置しているのですが、氏はどうにも地味というか、典型的なメンタル手順が多い。演者が先にカードを言い、それから観客に確認してもらう――つまり、「あなたのカードはハートの3ですね。あってますか?」「はい」で終わるようなパターン。本書の手順もほとんどがそうで、どうにもクライマックスが弱いです。とはいえリアル寄りのメンタル手順なら、このスタイルもいいのかも知れません。
その点、Rainmanはちゃんと派手目なオチがあり、After the trainは現象こそ地味だけど出オチ感のあるインパクト十分な画が提供されてよいです。またRainmanはコンテスト手順であるためか、失敗時の軌道修正であるとか、終了後の再セットアップであるとかが、かなり細かく考えられ、道具立てに組み込まれておりそれも勉強になりました。コンテスト手順を読む事なんてあまりありませんからねー。
ずばぬけた秘密が隠されている、とは思いませんでしたし、無理して手に入れるほどでもないかと思いますが、総じて面白い一冊でした。
2018年11月29日木曜日
"V2 Expanded Edition" Manos Kartsakis
V2 Expanded Edition(Manos Kartsakis,2016)
メンタリズムにWhich Handという現象があって、観客が手に物を隠してそれがどっちにあるか当てる、というやつなのですが、本書はそれをテーマにした小冊子です。7作品解説の80頁です(図ほど分厚くはない)。
7作品ですが、手法が7通りということではなく、基本的にはある原理を使ったものとそのバリエーションです。それが5手順で、プラス、Which Handではないけれど、似ているテーマのオマケが2手順。
Which Handは単純なだけになかなか達成の難しい現象で、ギミックを使うのでなければ、つけいる隙を増やすため変に手続きを増やしたり、エキボクを使ったがために1/2程度の当てものなのに繰り返せなかったり、心理的な技術で当たるっちゃあたるが100%でなかったり……といった割と難儀なプロットです。
本書の手順はギミック無し、100%成立ということで、どんなものかなと思ってページを開いたのですけれど、最初の手順で大いに落胆しました。言ってしまうとこれは「正直村・嘘吐き村」の論理パズルを利用した手順です。ひとつめの手順Veritasは、相手にする質問こそひとつだけですが、相手に正直/嘘吐きの役割を決めさせたり、追加のややこしい指示があったりして、パズルの気配が非常に強い。あーあハズレを引いたかなと思ったんですが、そこからが面白かった。
次の手順Voxでは当てるために必要な質問をゼロにし、その次のVerbalistでは観客がふたりになるものの、パズルとしては明らかに足らないだろうという数の質問で当ててしまいます。このVerbalistが特によくて、現象描写を読んだときは、核となる原理は既に分かっているにも関わらず、どうやって成立させているのか頭を抱えました。Which Handをふたり相手にやるのはあまり好きでは無いんですが、ここでは演出にも裏の仕掛けにも上手くハマっているのであまり気になりません。
原理が発展していくさまが読めるのでとても楽しかったし、最終的な手順も十分にいいものでした。この収録順は、実は手順の創作順ではなくて、より原理に直結したものから、ということだったようですが、おかげで読み物としての面白さが増していました。
おまけの手順はWhich Handとはちょっとずれる内容ですが、どちらも「コインを手に隠す」ことにまつわるもの。両者とも予言がからむのですが、その示し方がうまい。こういった手順で最後に『予言』を出すと、最初から分かっていた感が出てアンチ・クライマックスになってしまいがちですが、彼は演出や言い回しによってうまくドラマに仕立てています。
そういうわけで面白かったです。特にDerren Brownが好きな人なら楽しめるのではないでしょうか(著者自身Brown好きとのこと)。他の著作も買おうと思うのですが、いま調べたところ新作でもWhich Handを2手順ほど解説しているようで……そちらが発展版だとしたら、本書は別にいらなかったのかも……。いやまあ面白かったのでいいのですけれど。
2018-12-25:Which HandがWitch Handになっていたので修正。
2018年10月31日水曜日
"repertoire" Asi Wind
repertoire (Asi Wind, 2018)
待望のAsi Wind作品集。
まず何よりも造本が豪華で、本好きとしては大変うれしかった。革装、箔押し、カラーのカード貼り、本文墨に、イラストはフルカラー刷りの水彩画。
すべてのイラストがAsi自身の手になる水彩画という点は、他の本ではまず見ない趣向である。正直なところ、ややファジーで粗めのタッチなので、解説図に適しているかというと疑問ではある。しかし手品にかこつけて別の趣味を披瀝しているという事では決してない。冒頭のエッセイでこの水彩画について扱われ、手品作品とは別の側面から、彼という人物を描写するものとなっている。そしてまた、造本、スタイル、文体、レパートリーである手品の解説、本書を書くという試みそのもの、そういったすべてが必要不可欠なピースなのだ。
本書はタイトルの通り、Asi Windのレパートリーを解説した本である。これまで発表された作品が、売りネタも含めてほぼすべて収録されている。タイトルが変わっているものもあるし、すべて追いかけていた訳ではないので確実ではないが、初のDVDのTime is money、ノートChapter ONEの内容、動画DL作品Three Card Routines、単品販売していた本のスイッチギミックSwitcher、同じく単品販売のチェアテストcatch 23はすべて解説されている。……Gypsy Queenはない。また残念ながらエッセイなども再録されていないようだ。
全21作品。お札、本、メンタルがひとつずつあり、残り18作品がカード。うち2つは技法である。カードの手順はなかなか難しい。レギュラーで出来るものもあるが、メモライズド・デックやちょっとした加工、そして連続のクラシックフォースを必要とするものや、フルのギミックデックまで手段は選ばない。しかし観客からは完全レギュラーに見えるよう、見た目もハンドリングも慎重に作られている。そのためどの手順も、しっかり身につけさえすれば、非常に真に迫ったインパクトがあるだろう。
A.W.A.C.A.A.N.やDouble Exposureの実演動画を先に見たせいか、マニアも唸らせる賢い創作家の印象があったのだが、どちらかというと既存作品をチューンナップするスタイルのようだ。本書ではビドルトリックやカラーチェンジ(Moving Pips系)のような、マニア相手だと道具立てだけで察されてしまうような手順もある。これらはなじみ深い古典作品であるだけ余計に、Asi流のチューンナップが味わえる。
さて解説は丁寧だが、いくつか足りていないと思うところもある。解説に濃淡があり、トリックの全体像をつかむのがやや難しい。トリック自体の難易度は別にしても、読んですぐ演じられるようにはなっていないのだ。ただそれも、どこまでかは知らないが、意図されたものであるようだ。
本書は非常によくできた本である。手品を学ぶには、映像で見たり、本人から直接教わったりといった方法もあるけれども、本書は本書にしかできないかたちで、Asi Windのレパートリーを解説している。そしてそれを通じて、Asi Windその人を描き出している。テキストだけでなく、造本へのこだわりや水彩画のイラスト、そして書物にはつきものの愛すべき不自由さも含めて、たいへんに立派な、一冊の本である。
なお本書で使われた水彩画はご本人のショップから購入可能。各3万円くらい。
2018年9月28日金曜日
"Card College Lighter" Roberto Giobbi
Card College Lighter (Roberto Giobbi, 2008)
ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本第2弾。
第一巻は、セルフ・ワークのトリックの解説を通じて、マジックを不思議に演じる上で重要な様々なテクニックを伝授してくれるという点で、比類のない素晴らしい本でした。ただその目的は、一巻でかなりの程度まで満足されています。巻を重ねることで実例は増えましょうが、テーマとして新しいことはありません。
そういうわけで、本書は言ってしまえば追加の作品集です。いちおう新たなるテーマとして、演目(プログラム)の構成という題材があるのですが、第一巻が打ち出したものに比べるとかなり弱いでしょう。
ただしこの『新たなテーマ』が、選ばれる作品の趣を変えています。そもそも前回の縛りが非常にきつかった。前回はすべての手順が3トリックずつのルーティンに組まれており、組み合わせによって威力を発揮するよう慎重に作品が選ばれていました。
一方、本書のテーマは『プログラムの組み方』です。オープナー・中継ぎ・クローザーの三つの章に分かれており、それぞれ7トリックが解説されています。言うならば、出来合いのプログラム(演目)7つを提供した前巻に対して、今回はプログラムの素材を提供するかたち。前巻とはちょうど『行・列』が逆というか、一段階構成をばらしたというわけです。そのため各トリックは、プログラムのどの辺りに使うのが良いかという大まかなクラス分けこそあるものの、前後に来るトリックについては特に想定されていません。ために、単独でも使いやすく、自分の手順に組み込むのもより容易でしょう。また前巻がややカード当てが多かったところ、よりバラエティに富んだ、単独で面白い手順が多いように思います。個人的には、Gemini Twinsをセルフ・ワークのままうまく4Aプロダクションに仕立てた"Fully Automatic Aces"や、巧妙かつバイプレイの楽しみがある思ったカード当て”The Thought-of Card”、これぞ数理といった"The Cards Knew"が好きです。
単なるセルフワークに留まらないような手順、デックをふたつ使うものや、ガフカードを使ったもの、運が悪いと失敗するものも、ちらほらと顔をのぞかせ始めます(これはLightestでさらに加速します)。
前巻とは少しだけ趣を変えた、より扱いやすいセルフ・ワーク作品集。『プログラムの組み方』というテーマについては、本書のみでは十分に解説できたとは思えません。しかしその方針のために、前巻とはやや趣の異なった傑作セルフ・ワーク・トリックが収録されています。初読時はちょっと食傷したんですが、それは3冊連続で読んだからというのも多分にあったのでしょう。今回、時間をおいて久しぶりに読みましたが、かなり面白かったです。
日本語版が出たと聞きました。ほんとうか……?!(ほんとうだった)
2018年8月28日火曜日
"Blue Moon" Nicolaj Christensen
Blue Moon(Nicolaj Christensen, 2016)
タイトルと表紙がかっちょいいので買いました。著者の方、デンマークのセミプロ(?)の方だそうです。94年生まれで本が2016年刊行なので、22歳の時の本。内容も、いかにも若い人が書いた本だなあと言う感じがしますし、それは著者も自覚的にそうしているようです。巻頭にて、自らの若さについて言及した後、本書は教本ではなくて、議題を提供するものなんだと書いています。
カードのみで7手順、約160頁、それぞれテーマの異なった4つの章からなっています*。扱うのは『リアリズム』『アトモスフィア』『コミュニケーション』『マジック愛』。たとえば『リアリズム』では、マジックを本物らしく演じることについてのエッセイがあり、それから偽の記憶術やギャンブル・デモの手順が解説されます。
理論書と言う人もいるかもしれませんが、なんでもかんでも理論書と言うのはどうかと思いますし、これはまあマジック観の本でありましょう。著者自身もそのつもりのようです。漫然と『理論』を書くのでなく、ちゃんと実作を持って示すところは非常に誠実だと思います。
これで手順が面白かったよいのですが、特殊な技法や原理もなく、総じてあまりぱっとしないのは残念でした。細部まで気を遣っていることはわかりますし、実際に見たら不思議だろうとは思うのですが、それでもぱっとはしません。しかしこの解説そのものがまた、若さを感じる内容で、とても細かく注釈が入り、さらに別立てで『詳解(closer look)』が設けられています。章ごとに深遠な引用があったり、手当たり次第なクレジット註があったりします。なんだか心がむずがゆくなってきます。
著者の言うとおり、狙うとおりに、氏とセッションをしたような――あるいは過去の自分の一片を見たような――満足感があります。ただそこまで目新しいもの、こころ揺さぶるようなものはなかった。せっかくならエキゾチックなものが見たいじゃあないですか。
*1つだけ、トランプではなく名刺の束で演じているという手順がありますが、まあ同じようなものです。
2018年7月25日水曜日
"The Top Change" Magic Christian
The Top Change ~Monarch of Card Sleights
(Magic Christian, 2017)
トップ・チェンジの達人の、点睛を欠いた小ぶりな技法書。
本書はHofzinserの研究家でも知られるMagic ChristianがTop Changeとその類例の技法を解説する本。たいへんによい内容でありつつ、読む価値のほとんどない文章も多分に含み、是非とも読みたかった情報が欠けている、残念な一冊。
本書は七章立てになっている。
1 A Sleight History
2 The General Concept
3 The Basic Changes
4 My Top and Bottom Change Variations
5 New Ideas for the Exchange of Four Aces
6 Other Techniques
7 The Literature
歴史の章は、レジナルド・スコットの記述したグライドから始まり、トップ・チェンジが広まるまでを要領よくまとめている。また同時に、Hofziner研究家である著者が、『正統な』トップ・チェンジの使い手であることも匂わせている。
2章では「トップチェンジ」とその周辺に位置する技法について、そしてこれら技法をうまく行うための理論的な事が手短に語られる。3章、トップチェンジとその周辺技法について、丁寧に解説する。この類いの技法で重要になる視線や注意の誘導に関しても、簡素にではあるが、非常に参考になる内容が解説される。
ここまでこの本は素晴らしい。
ここ以降は斜め読みで構わない。
4章、バリエーション技法集なのだが、これは実際のところ3章で行った技法の組み合わせである。デックを表向きに持っているか裏向きにもっているかの違いだけで別項目を立て、まったく変わらないハンドリングをなんども解説する。そんなの「同じ事はデックを表向きに持っていてもできる。」の一行ですむのに。
ありがたいことに、これらの技法にはとても直接的な命名法が適用されているので、技法名を見ればおおよその内容はわかる。あとは写真を流し見れば十分だ。
5章、エースのスイッチへの応用。6章、なぜ章分けしたのか分からないが、7章のための扉文である。7章、文献一覧だが、Behrのfileから絞り込み検索した結果を貼ったもの。
そしてトリックの解説はなく、終わる。
悪い本ではないし、序盤は特に素晴らしいのだが、さてこの技法をどんな文脈で用いれば良いのか、どう手順に適用するといいのか、タイミングや観客のコントロールには基本の他にどういったものがあり得るのか。そういった事には殆ど触れられていない。デックスイッチなんかとは違って、手順の『中』でどう使うかがとりわけ重要な技法であるのに。いい手順や導入手順が5つぐらい、いや3つでも、なんならPat PageのThe Unknown Soldier’s Card Trickが載っているだけでも、全然違ったと思うのだが。
DVDを作っていると書かれていたので、そちらに期待すれば良いのだろうか?
2018年6月29日金曜日
"Handcrafted Card Magic, Vol. 3" Denis Behr
Handcrafted Card Magic―Volume 3(Denis Behr, 2018)
Denis Behrのシリーズ、最新巻です。
シリーズを読んだことのある人は先刻承知と思いますが、この薄いハードカバー本の内容は非常に偏っており、尖っています。
非常に簡素な書きぶりの93ページ、技法も含めたカードオンリー9作品は、世界最高峰の研究家である筆者のレパートリーであり、著者の研究成果であり、ために、読者のための配慮というものが最小限です。基本技法の解説はありませんし、求められる技量は物理的にも観念的にも高く、スプレッド・カルやパーム、ボトム・ディールは当然で、メモライズド・スタックも使います。フルデックのギミックも使います。そういうことを承知で買う必要があります。
だから本書は、初心者には絶対に向いていません。しかし内容は折り紙付きですし、特にMnemonicaを使っている人は必読です。仮に本書の手順を演じないとしてもです。
本書では、これまでの2冊と異なり、メモライズド・デックそのものは使いません。しかし二つの手順、徐々に不可能性を増す(ように演出された)3段のメイト一致現象Routined Arith-Mate-ic、それからメイトを配るギャンブリング・デモンストレーションから始まる素晴らしいメイト手順Mating Seasonの二つが、それぞれ異なった一般的スタックを必要としており、これがMnemonicaから、それも非常に少ない手順で遷移可能なのです。トリック自体も素晴らしいですが、Mnemonicaからこれらのスタックへの遷移手法だけでも本書の値段以上の価値があります。これらのスタックにはさまざまな研究があり、この遷移手法はこれらのトリックにのみ留まるものではありません。
またMating SeasonはPit Hartlingの未発表アイディアが使われており、これがすごい。カードをテーブルに広げ、ばらばらであることを示した後、すべてがメイトになります。セットアップのためのハンドリングがちょっと難しいですが、非常に不思議。
Fulvesの原理を、これもHartlingと検討したというPhotographic Memoryも素晴らしい手順です。よく混ぜた後のデックを記憶し、さらに混ぜた後で元の並びに戻す。観客に混ぜさせられない事だけが瑕疵といえば瑕疵ですが、しっかりと混ぜたこと自体には偽りは無く、それでいてこの現象が達成できる。現象の不思議さも原理の巧妙さも、やはりこれ一作で本書の値段以上の価値があるでしょう。
そういったスタックの特性を非常に上手く利用した手順がある一方、パーム、ホールドアウト、ボトムディール、パームスイッチだけで成立しているようなゴリゴリのギャンブリングデモもありますが……。
さておき、これまでの2冊以上に、スタックや原理の賢さが光る本であり、思わず膝を打つ、手品の面白さがありました。また、かのHarbert君も帰ってきます。手段を選ばないマルチプル・セレクション・ルーチンは、そのものが非常にフェア(観客が自由にカードを戻し、混ぜられる)うえに、他の手順への発展性もあり、なんというか、すごい本であり、楽しい本です。非常に洗練された手品の楽しみがあります。
クレジットがしっかりしており、かつBehrの書きぶりが控えめなので、オリジナリティがどこにあるのかちょっとわかりにくいのが難と言えば難。またこの巻含め、シリーズの多くの手順がDVD Magic On Tapに収録されました。本でのBehrの書きぶりは簡素なので、手順によっては、未見ですがDVDの方が良いかもしれませんが……。でもまあ本書での一番のおすすめPhotographic MemoryはDVDでは演技のみ、解説が読めるのは本書だけのようですから、やっぱりマスト・バイですよ。
2018年5月31日木曜日
"Turnantula" Bob Farmer
Turnantula(Bob Farmer, 2018)
作品自体はそこまで高く評価しないのだけれど、なぜか惹かれる著者というのがいて、たとえば僕の場合はBob Farmerがそうです。このTurnantulaという冊子は、Turnantulaというターンノーバー技法とそれを使ったさまざまな手順を解説した72ppの冊子で、先に言ってしまうけれど、手順自体はあんまり面白くありません。ただ本の構成は非常によかった。
本書は技法とその使用例の解説書なのですが、販売ページに行くと、技法の実演動画が置いてあります。しかもこの動画、解説までします。つまり最初に裏を明かした上で、本書を売っているわけです。単体技法にフィーチャーした本として、非常に誠実な売り方でしょう。
まあ……残念なことに肝心の技法は、動画で見てもそこまで魅力的ではありません。ハーフパスの亜種なんですが、自然な動作に擬態している割には、どうやっても気配が出そうというか……。ただ商品の売り方としては非常にいいと思いましたし、どういう現象に仕立てるのかという興味もあり買いました。
まあ……残念なことに、技法自体がちょっといまいちなので、どの手順にもいまひとつ食指が伸びなかったです。ただパケットからフルデック、即席からガフ、有名プロットから特殊なものまで、かなりいろいろな方向性を示しています。ハーフパス技法なのにデックがケースになる変化現象までありました。他の人の作例も載せており、これも非常によいアクセントになっています。
気に入ったのはDavid OestreicherのSympathetic Turnantulaで、赤4枚黒4枚で行う奇妙な同調現象。あとおまけで載っているRemraf Reversalという技法は、Turnantulaより用途は狭そうながら、非常に使えるやつではと思います。こちらはBraue Reversalの親戚みたいな技法です。上ではいろいろ言いましたが、Turnantulaそのものも、注視下でなければかなり使えるように思います。
そんなわけで「単一技法をあつかった冊子」としては非常によいものでした。動画で見て技法が気に入った人はマストバイですし、そうでなくとも、単に読んだり研究したりするのにとてもいい内容です。
2018年4月30日月曜日
"Secrets" Anthony Owen
Secrets(Anthony Owen, 2017)
Anthony Owenはこれまでカードやメンタルでノートを出していますが、有名なのはDVDにもなったUltimate Oil and Waterでしょう。ただ私個人としては、英国のメンタル寄りTVマジックのプロデューサーとして気になっていました。Darren Brownのショーの多くに参加していたとのこと。
本書は彼の初めてのまとまった作品集です。裏に数字を書いたトランプを使うなど、どうにも一点物の手順(※)が多く、そこは好みが分かれそうです。一方、そういった手順を演じられる方でしたら、通して楽しめるでしょう。
※一点物の手順:道具や手続きがその手順のためのものである事が、観客からも明白であるもののことを言いたかった。またOwenの場合は、現象がいっかいこっきりである事が多くて、それがこの感じを助長していると思う。
マジック番組の裏方として番組のために手順を考案していたこともあってか、全体的にプロブレム解決型の手順が多いです。Oil and Waterでの「揃えて広げるだけで分離」や、Out of this Worldの「ガイドカードの交換なし」、Premonitionの「観客が自由に思っただけのカードが消え、かつ、消えたことを観客が確かめても不整合が無い」など。ただ確かに公約は見事に解決しているんですが、大きなドローバックがあるものもあります。
手順はカードやカードのメンタルが多いですが、2作品だけですがコインなんかもあって幅広い(マトリックスは面白い趣向で、できれば先に生で見たかった……)。ギミックや準ギミックをつかう手順がほとんどですが、何かしら「この手を使うのか」というポイントがあり、演じる演じないは別として面白かったです。
とりわけ特殊状況下での手品や、TV用の手品などは、プロブレム解決型の手腕がよく合致しています。飲んだコーヒーを素材ごとに分離させて吐き出すという純TV向きの手品や、英国のTV番組を下敷きにしたものなど。後者は文化に依存しているため、残念ながら直接は演じられませんが、クイズ・ミリオネア(の元ネタ)を下敷きにしたものなんかは日本でも楽しく演じられるでしょう。
面白いですが、一点物手品やギミック手品が苦手な人は、そのままレパートリーにできる手品は少ないでしょう。もちろんそれぞれ面白くはあるのですけれど。一点物ができる人なら、非常によい作品集と思います。
Anthony Owenはこれまでカードやメンタルでノートを出していますが、有名なのはDVDにもなったUltimate Oil and Waterでしょう。ただ私個人としては、英国のメンタル寄りTVマジックのプロデューサーとして気になっていました。Darren Brownのショーの多くに参加していたとのこと。
本書は彼の初めてのまとまった作品集です。裏に数字を書いたトランプを使うなど、どうにも一点物の手順(※)が多く、そこは好みが分かれそうです。一方、そういった手順を演じられる方でしたら、通して楽しめるでしょう。
※一点物の手順:道具や手続きがその手順のためのものである事が、観客からも明白であるもののことを言いたかった。またOwenの場合は、現象がいっかいこっきりである事が多くて、それがこの感じを助長していると思う。
マジック番組の裏方として番組のために手順を考案していたこともあってか、全体的にプロブレム解決型の手順が多いです。Oil and Waterでの「揃えて広げるだけで分離」や、Out of this Worldの「ガイドカードの交換なし」、Premonitionの「観客が自由に思っただけのカードが消え、かつ、消えたことを観客が確かめても不整合が無い」など。ただ確かに公約は見事に解決しているんですが、大きなドローバックがあるものもあります。
手順はカードやカードのメンタルが多いですが、2作品だけですがコインなんかもあって幅広い(マトリックスは面白い趣向で、できれば先に生で見たかった……)。ギミックや準ギミックをつかう手順がほとんどですが、何かしら「この手を使うのか」というポイントがあり、演じる演じないは別として面白かったです。
とりわけ特殊状況下での手品や、TV用の手品などは、プロブレム解決型の手腕がよく合致しています。飲んだコーヒーを素材ごとに分離させて吐き出すという純TV向きの手品や、英国のTV番組を下敷きにしたものなど。後者は文化に依存しているため、残念ながら直接は演じられませんが、クイズ・ミリオネア(の元ネタ)を下敷きにしたものなんかは日本でも楽しく演じられるでしょう。
面白いですが、一点物手品やギミック手品が苦手な人は、そのままレパートリーにできる手品は少ないでしょう。もちろんそれぞれ面白くはあるのですけれど。一点物ができる人なら、非常によい作品集と思います。
2018年3月31日土曜日
”Torn and Restored” John Carney
Torn and Restored (John Carney, 1995)
タイトル通り、John CarneyによるTorn and Restoredの作品集。4手順+おまけで15頁の小振りなもの。私が買ったのは最近出たe-book版です。
Torn and Restoredにも色々なタイプがあるけれども、本冊子のものは全て、デュプリケートを使用したもので、かつ一括復活。そういう意味ではやはりちょっと古い感じはあります。演出や演技の流れはあまり解説されておらず、そこは残念なのですが、スライトのみのシンプルなものから、ギミックによるビジュアルなものまで、いろいろなアプローチがあります。デュプリケートの使用やギミックの存在など、他手順との接続はちょっと一工夫いりそうですが。
テーマ縛りということで、どうしてもDaOrtizのCementario de Cartasと比べてしまいますし、そうすると少し見劣りする感じはありますが、短いなかにいろいろなアイディアがぎゅっとつまった冊子です。
個人的には、ボーナス・エフェクトとして解説されている『複数枚のカードの復活』がたいへん気に入り、これだけで元が取れた感じです。アクトの締めなんかにぴったりです。
タイトル通り、John CarneyによるTorn and Restoredの作品集。4手順+おまけで15頁の小振りなもの。私が買ったのは最近出たe-book版です。
Torn and Restoredにも色々なタイプがあるけれども、本冊子のものは全て、デュプリケートを使用したもので、かつ一括復活。そういう意味ではやはりちょっと古い感じはあります。演出や演技の流れはあまり解説されておらず、そこは残念なのですが、スライトのみのシンプルなものから、ギミックによるビジュアルなものまで、いろいろなアプローチがあります。デュプリケートの使用やギミックの存在など、他手順との接続はちょっと一工夫いりそうですが。
テーマ縛りということで、どうしてもDaOrtizのCementario de Cartasと比べてしまいますし、そうすると少し見劣りする感じはありますが、短いなかにいろいろなアイディアがぎゅっとつまった冊子です。
個人的には、ボーナス・エフェクトとして解説されている『複数枚のカードの復活』がたいへん気に入り、これだけで元が取れた感じです。アクトの締めなんかにぴったりです。
2018年2月27日火曜日
"Totally Out of Control: Supreme MME Edition" Chris Kenner
Totally Out of Control: Supreme MME Edition(Chris Kenner, 2018)
歴史的な名著Totally Out of Control(1992)に、その前身とも言える雑誌Magic Man Examiner(1991-1992)を加えた決定版。
Chris Kennerについては、紹介するまでもないでしょう。KennerのTotally Out of Controlは、Paul HarrisやJay Sankeyの流れを汲みつつ、スタンドアップを基調とした独特の『軽さ』、見た目のシンプルさ、鮮やかなどんでん返し、そしてフラリッシュと、今のクロースアップ・マジックに多大な影響を与えました。代表作のThree FlyやSybil Cutは、その名を知らないマジシャンは居ないでしょう。
Totally Out of Controlには、いま見てもなお鮮やかで不思議な、いい手順が満載です。またKennerは超絶スライトよりも、ギミック・コインや両面テープなどでクリーンさを達成している所があり、そのアプローチは再び検討してみるべきかもしれません。
また本書はユーモアあふれる解説のスタイル、造本でもたいへんに有名で、所有して損のない本です。
それで今回の新版ですが、Magic Man Examinerが収録されているのが売りです。こちらはTotally Out of Controlの出版の前年に開始されたChris KennerとHomer Liwagの主催する季刊の個人雑誌です。結局Volume 1の全4号しか発行されなかったのですが、手に入りにくい冊子でした。
収録されている作品はKennerのものが多いですが、他に
Homer Liwag
Troy Hooser
Jay Inglee
Roger Klause
Richard Kaufman
John Carney
Michael Close
Michael Weber
Mark Brandyberry
Mac King
Phil Goldstein
による手順や技法、Tipsが収録されています。
Totally Out of Controlに比べると作品にはムラが多く、またKenner作品はTotally Out of Controlとの重複も多いですが、2006年にCoin Oneの名で発売され、一斉を風靡した手順の原型Four Coins and a Filipinoや、Troy Hooserのコイン手順など、当時の最前線の手順が散見されます。Chink-a-Chinkの、いまや定番になっている一瞬で集まるハンドリング、あれもHomer Liwagだったんですね。先例も有るのかもしれませんが、意外でした。
またこちらもTotally Out of Controlのようなユーモアあふれる紙面作りで、あのスタイルのファンとしては嬉しい限り。本全体で見ると、MMEが本編の間に挟まる形になってしまい、造本の美しさはやや損なわれてしまいましたが……。
歴史的名著、Totally Out of Controlをもし持っていないのなら、是非この機会に買いましょう。MMEの方はすこし劣りますが、資料的価値も高く、持っていて損はないでしょう。あとこれはわざと最後に書くのですが、Michael Weberの501 Derfulは、小さな工夫ではありますが、Card To Pocket好きなら一読の価値があります。
2018年1月31日水曜日
"Card College Light" Roberto Giobbi
Card College Light(Roberto Giobbi, 2006)
ロベルト・ジョビーのセルフ・ワーキング・カードマジック解説本。
カード・カレッジと付いていますが、それは英訳の際に(おそらくは)売れやすい様にタイトルを変えただけで、本来はカレッジとは関係有りません。本書の方が出版は先です。元々は1988年の手品イベントで配布されたものだそうです。
で、これの内容が大変すばらしい。惹句には「これは君の親父さんが持っているカンタン手品の本(セルフ・ワーキング・カードマジック本)とは違うぜ」とあるんですが、まさにその通りで、セルフ・ワーキングの本と聞いて想像するようなものとはひと味もふた味も違います。なお、今回の雑文は、ほとんどGiobbiが前書きで書いていることそのままになってしまいましたが、それだけ自覚的に書かれ、その狙い通りに完成した本ということでしょう。
本書の手順は全てセルフ・ワーキングですが、Giobbiが厳選し、また実際に演じているというのがポイントです。トップ・バッターがTamarizのT.N.T.(Neither Blind nor Silly)という時点で、本書の本気度合いがうかがえます。
しかし本書のなによりの特徴は、収録されている手順の質ではなく、その効果的な『演じ方』です。おもえばカード当てやセルフ・ワーキングほど、演じ方が重要なカード・マジックもありません。派手なカラーチェンジやバニッシュなんかと違い、指示の出し方ひとつ、操作のタイミングひとつで、まったく不思議ではなくなってしまいます。
本書はそれを、とても丁寧に解説します。……といっても、『演じ方』そのものが理論立てられて解説されるわけではありませんが、Giobbi流の綿密な手順解説を通じて、みっちりと仕込まれます。書かれていることを丁寧になぞれば、それだけで『演じ方』の大枠が身に付くでしょう。
Giobbiの解説は重すぎることも多いのですが、本書は手順が簡潔であるためちょうどよいバランスになっています。
また本の構成も、『演じ方』について、とても面白い企みを持っています。トリックは合計21作品収められているのですが、ただ順番に解説していくのではなく、3つずつを1セットのルーチンとして構成されています。演出的に連続性があるものもあれば、あるトリックの中で次のトリックのセットアップをしたりするような、裏側的に連続しているものもあります。セットとして演じることで見えてくるものも多くあるでしょう。
いやまあとかくおすすめです。初心者であれ中級者であれ、こじらせたマニアであれ、カード・マジックを実際に人に見せるというのならば誰にでも。
上の方で「本書は本来カレッジとは関係ない」と書きましたが、作例不足のきらいがあるカレッジと手順と演出オンリーの本書とは、うまいかたちで補い合うでしょう。
なお続刊にLighter、Lightestがあり、それらもまあ面白いは面白いのですが、さすがにセルフ・ワークしばりのせいで食傷気味にはなります。ローテクのデック・バニッシュとか、タネも仕掛けもないカード当ては一見の価値有りですが。
繰り返しになりますが本書の見所は『演じ方』であり、それはLightで十分に示されているので、後の巻は別に無理して買う必要はないかな……。実演向きのセルフ・ワークや原理ものがお好きであればもちろん買うとよいですが。
日本語版が出ると聞きました。ほんとうか……?!