2013年2月13日水曜日
"Cy Endfield's Entertaining Card Magic" Lewis Ganson
Cy Endfield's Entertaining Card Magic (Lewis Ganson, nodate)
失われたクラシックの系譜。
エンターテイメントな高難度作品集。
ちょっと変わった版を手に入れたのでまずそのあたりの話から。
興味のない方は飛ばしてください。
ここから ↓
元々はSupreme Magicから三分冊で1955-58年にかけて出版された物。著者、出版社、出版形態とも、その翌年から出るVernonのInner Card Secrets 3部作そっくりです。というか、Inner以前だった事にちょっとびっくり。絶版ですが、古本はよく出回っています。
日本でも、金沢文庫から高木重郎による訳 サイ・エンドフィールドのカードマジック があります。こちらは豪華判と普及判の二種がある模様。図版をかのTon Onosakaが書き直しているとの事です。絶版高騰となって久しいようですが、私よりひと回りくらい上の世代になると、この本に強い思い入れのある方も少なくないようで、いろいろなところで熱のこもった記事を見かけます。また、いわゆる松田道弘のリストにて最高度の三ッ星で紹介されていることもあり、知名度は低くないでしょう。
いま手に入れるなら、Lybrary.comでe-book判が最も手軽。ただLybraryなので版組は恐らくプレーンテキスト、また写真が撮り直されているとのことで、ちょっと買うのが怖いですね。
さて、私が今回入手した洋書はこれらとは別の版です。
元の三冊を合本にしたハードカバーで、同じくSupremeから出ています。Vernonで言うところのInner Card Trilogyですね。本当に三冊分をまとめただけなので、この本固有のページという物がなく、発行年すら定かではありません。別段レアという程でもなさそうですが、なぜかあまり話に上らないようで、私も実際に届くまでは単なるまとめ売りかもと疑っていました。また私のは黒のクロス装ですが、どうも青クロス装のもあるらしい、とか。
まあ洋書でいいから読みたい、ただし実体に限る、という奇特な方がいたら、バラで揃えるよりも手っ取り早いかもしれませんよーという程度の話で御座います。
ダストジャケット。青いです。
文字のフチがぼけっとしているのは、アルコールで拭いたかなにかで、青のインクが白地に滲んでいるせいで、本来の物ではないようです。
黒の布装。
背にのみ「CY ENDFIELD'S ENTERTAINING MAGIC SUPREME」と金色の箔押しが。
タイトルがちょっと変わってますが、マジック本では珍しいことではありません。
表紙のComplete Worksが、めくった扉ではAlmost Complete Worksになったりする世界です。
例の組版。文字のかすれ具合なんかも、VernonのInner Card Trilogy とおんなじです。
Gansonは名解説と言われていますが、ちょっと持って回ったようなところと、この上下ぴっちりのあまり美しくない組版のせいで、あまり良い印象がありません。
今回の買い物、Endfieldは実は抱き合わせで、本命は後ろに写っているSawa's Library of Magic vol.1 でした。ちらりとめくった感じ非常におぞましい(褒め言葉)内容でしたが、順番はしばらくまわって来そうにないです。
↑ ここまで
さてどういう本かというと、アマチュアマジシャン Cy Endfieldによるカードマジック作品集です。本職は映画監督(ただしB級)だとか。
驚いたのは、VernonのInner Secretsシリーズよりも前の発行だったことです。時間的には僅かな差ですが、物によってはInnerの収録作よりも洗練されており、現象も鮮やかと思います。当時のマジックについての認識がちょっと改まりました。
総じてクラシックの力強さにあふれており、またマレにですが実に巧妙なサトルティを混ぜてきます。ただそれらよりも特筆すべきはその難易度でしょう。あと演出とのコンビネーションも気になりました。
その極端な例として、Vol.1に収録の Blackie is with us! を紹介しましょう。
Blackie is with us!
4枚のJを悪漢に、スペードのAを老いぼれの(けれども老練の)騎馬警官Blackieに見立てます。
「どうやらBlackieに目を付けられているらしい。ともかくやつを巻かなきゃいけない」という事で、悪漢J達は、あとで落ち合うことにしてひとまず散開。J、Aをばらばらにデックに差し込みます。しばらくしてからデックを広げてみると、Jが一カ所に集まっています、が、間にAも居ます。
くそ、もう一回だ、とデックの中に混ぜ込んでから、再び広げると今度はJだけが集まっており、 どうやらAの追跡を振り切ったようです。
やれやれ、と4人のJは一息、ところが数えてみると5枚、5人居ます。おかしい、と点呼を取ると、やはり4人しかいない。気のせいだったのか? とJは強盗の相談に戻りますが、実はAは床下に潜んで、聞き耳を立てています(Jの間に裏向きで現れる)。
まず第一の特徴は演出、ストーリーでしょう。しかも「Jが探偵で選ばれたカードを見付ける」程度のものではなく、二つ三つ異なった現象を貫いた物語になっています。
そしてもう一つ、技法です。
やりかたを書いてしまうと、前半はVernonのMultiple Shift、後半はBuckle Countという実にシンプルな技法によって成り立っています。実際には、とある巧妙なサトルティの、そのまた少し変わった使用などもされているのですが、骨子としては上述の2技法のみといっていいでしょう。
なのでこれ、マニアが見ると肝心の部分は殆どわかってしまうのですよね。だから読んでもやろうとは思わないし、そもそもこういう手順を思いつかない。特に後段は、手に持っているカードの増減繰り返しをバックルカウントのみで表現しなくてはならず、実にしんどいです。
が、そういうことを完全に無視して現象を見直すと、けっこう面白い手順じゃありませんか?
演出のおもしろさ、そして”難易度”を無視しきった構成は極めて観客本位のもの、特に一般の観客に重きを置いたものであり、それがエンターテイメントの名を冠した所以ではないかと思います。
演出については、Blackie is with us!はあくまで極端な例であり、本全体としては演出無しの手順の方が多かったりもするのですが、後者の難易度という点については、ほぼ全編を通してこの調子です。
難しいとは言いましたが、使用技法それ自体は非常にベーシックなもので、手順をなぞるだけならそうそう苦もありません。だから感触としては、そこまで高難度ではない。ただ技法を真っ正面から使うので、実際に不思議に見えるレベルに達するのは相当に困難ではないかと思います。
オールド・クラシックは概してそうですが、カードマジックの技法がまだ未分化というか、「トランプを扱う」普通の動作からあまり逸脱しないので、非常にすっきりしている反面、難易度は高いといったところでしょうか。
Cards to pocketはその最たるもの。クラシックとして名高いEndfieldのバージョンは、松田・高木の両巨頭が揃ってベストトリック選に入れる名手順です。確かに、11枚のカードが次々とポケットに移動していくこの現象、十二分な技術力で演じられたら素晴らしいとは思いますがしかしこれ難しいよ!
やってる事は単純なのですが、単純と簡単は違いますね。
良い意味で直接的で、なるほど、これはエキスパート向きだなと思いました。
なお、本全体の話をしますと、Ambitious Card、Three Cards Monteについて、かなりしっかりした記述がある一方、Aが5枚でてくる小品や、カードブーメラン、およびそれを特定の枚数目でキャッチするといったスタント色の強い物もあります。
Paragon Moveのレビューでは糞味噌に貶した”カードを使ったBook test”もありますが、Endfieldは非常に上手い形で使用しており、これなら文句もつけられません。
技法解説もSide Steal、Diagonal Palm Shift、Top Change、Double Lift、Curry Turn Overと豪華です。おまけにEndfieldタッチというのか、普遍的な手法とは少し異なったやり方が丁寧に解説されていて、ああ、これは高い支持を受けるのも納得だなと。
一方で。
かように充実した内容ではありますが、構成に難があるというか、せっかく物が良いのに、脈絡無く詰め合わせみたくなっているのが少し勿体ないです。まあ本書の成立として、雑誌に発表された作品をまとめ、技法解説を加えたという事なので、仕方ないのかも知れません。
VernonのInner Secretsでも似たような感想を覚えたので、単純に私とGansonの相性がわるいだけかも。
Endfieldのまとまった作品集は本書だけのようですし、古い映画にも食指が伸びませんから、もう本ブログでふれる事も無かろうと思いますが、しかしこれ(http://www.lybrary.com/cy-endfields-chess-set-a-19.html)はちょっと欲しいですね。
興味深かったです。
返信削除Sawa's Library of Magic vol.1のレビューも楽しみにしています。
>いちしげさん
返信削除ありがとうございます、励みになります。
Sawa先生はだいぶ後になりそうですが……その前に、Card Zonesがありましたね。多分今月中くらいには掲載できるかと思います。