2023年10月31日火曜日

"White Wand Chronicles Volume One"

White Wand Chronicles Volume One (2022)


本に著者名が無かった為にこのような表記になったが、JerxブログのAndyの本である。ハードカバーを年に1冊(今は18ヶ月に1冊だったかも)出すという中々に狂ったことをしており、その2022年号で、シリーズとしては5冊目になる。月25ドルを謎の人物に払い続けるという少なからず金銭感覚の狂っている人間に限定配本されるもので、他で買うことはもちろん、会員でさえ前の号を買うことはできない。そんな入手手段の限られた本をレビューするのもどうかと思うが、まあ一度くらいはJerxの話をしてもいいでしょう。


非常に話題になった人だが、どういう人かというとまあ、『アマチュア・マジック』を高らかに歌い上げた人間である。ここで言うアマチュア・マジックというのは、愛好家によるプロマジシャンの劣化コピーではない。アマチュアならではの現象、アマチュアならではのアプローチであり、私生活の中の、私的な人間関係の中でのマジックである。

そういった手順ならこれまでも散発的に世に出ていたが、あくまでオマケあつかいだった。Andyは正にそれを主軸に置いているのが特徴だ。プロの現場では成立しない手順どころか、職業マジシャンがやったら(たとえプライベート時間であっても)良さが損なわれる手順さえある。正にアマチュアにしかできない手品だ。

長い時間軸で行われる手順が多いのも他には無い特徴。たとえば本書のHide & Sneakという手順では、女性を家まで迎えに行って、そのときYoutubeを連続再生しておいてもらう。ディナーの後に女性を家まで送り、そのとき偶々かかっていた曲や動画を使う、といった具合。


ところで手品の質はというと、そこまで高いとは思わない。当たり前になってしまっている手品的手続きを疑うこと、現象を再解釈したり、私的空間に展開したりすることについては非常にセンスがある一方で、手法の賢さであるとか、構築などはそこまで。肝心の演出もときどき滑ってる感じもする。

だがまあ、ひとつのジャンルを確立させたという意味で凄い人物ではある。現状はフォロワーも居ないし、手品に触れる人間なら必ず役に立つだろうジャンルであるので、何か一冊、借りてでも触れておくのは良いと思う。氏の提唱する『アマチュア』のスタイルは、実際に読んでみないと中々つかめないだろう。

なおこれまでの4冊はテーマがあったが、ここでひと区切りだそうで本巻は雑多な内容。ブログの整理&再編というイメージで、良い感じに雑駁、意外と文字が大きかったりで、するする読めます。初期に比べると文章もかなりこなれている。読みやすさで言うなら結構お薦めの巻。

2023年10月5日木曜日

“The Plot Thickens” Oliver Meech

The Plot Thickens (Oliver Meech, 2009)


「マジックには3本の柱がある。手法、演出、そして現象(プロット)だ。手法は皆がやってるし、演出もOrtizとBergerに任せておこう。だから、俺がやるべきはプロットだ。」と著者Meechは前書きで書いており、本書は現象/プロットの新規性にこだわった内容とのこと。内容はクロースアップで、カード5つ、コイン5つ、メンタル6つ、その他6つで計22のちょっと普通ではないトリックが収録されています。

 さてプロットとは何か。この辺りの言葉遣いは難しいところです。著者自身、3本目の柱としては現象(Effect)を挙げながら、途中からプロットの語にすり替わっている。プロットというと一般には「物語の筋立て」であり、手品の新たなプロットと言われたら、現象そのものより、そこにいく過程をイメージするだろう。リセットを例にとろう。まず位置交換というかなり範囲の広い現象がある。それが4枚ずつのパケットで1枚ずつ交換されていくとなると、だいぶプロットになる。最後に一瞬で元に戻るという「ひねり」があれば、これはもうプロットと言及して間違いない気持ちになる。

 で。本書が「プロット」の本かというと、特にそういうことはないんだよな。素材を変えたり、演出(アスカニオ的な意味での演出ではなくて、カバーストーリーという意味での演出)を変えたりというのが多いので、どちらかといえば新しい「現象」を探る本だろう。

 で。新規な現象と言ってもピンキリだ。単に素材を変えただけでも新しい現象と言うことはできるが、それではつまらない。その素材が特別に意外であるとか、素材変更によって裏側の負担が減ったりとか、あるいは新しい手法が見出されたりしていて欲しいわけです。

 で。本書にそれができているかというと出来はまちまちである。例えばOut to Lunchの原理を使って名刺の間違いを修正する“Correctional Facility”なんかは新規性からして相当に怪しい。ハンドリングも雑。一方で、コインと角砂糖のトランスポジション“Touching Transposition”なんかは、この構想でしか出て来ないだろう面白い手法が取られており、また観客の感じるだろう現象も単なるトランスポジションとは一線を画したものとなっている。

 全体を通して見ると、新規性もクオリティも高いわけではない。しかしこのアプローチでしか生まれないだろう作品が含まれており、また傑作としか言いようのない手順もある(自然発火現象“Flaming Voodoo”は、これは最大級の褒め言葉なのだが、Life Saversに収録されていてもおかしくない作品だ)。なんのかんの言っていろんな素材に触れられて刺激的であったし、非常に応援したくなる作者だった。


 ……ところで、Meechは前書きで演出についてはOrtizとBergerの本があるから、と言っていたけれども、プロットにも大天才がいるわけです。そうPaul Harrisです。プロットが新規で面白く、直感的で、さらに裏側の新規性にもつながっています。本当にすごい。もし現象やプロットに飢えているならまずはThe Art of Astonishmentを買いましょう。話はそれから。


※なおこれは第2版で、収録作が一個変わっており、“Free Money In Every Pack”が“Dripping Coin”になっています。