2012年10月16日火曜日

"Card Fictions" Pit Hartling






Card Fictions (Pit Hartling, 2003)


こんな事ができたら、と思わないか?

例えば、そう。
テーブル板越しにトランプの色を当てたり、
10秒足らずで飛びきりのポーカーの手を仕込む、それも4人分同時に、だとか
テーブルに置いた山をはじいて、きっちり狙った枚数だけはじき飛ばしたり、
ぐちゃぐちゃの状態を一瞬で整列させたり、だとか
選ばれたカード3枚を、それぞれ山の中の好きな場所に自在に移動させたり、あるいは
相手の掌に挟まれたカードを、その腕時計の下に移動させたり、
混ぜられたトランプの列びを一瞬で覚えたり、とか。

残念ながら、この本を読んでも、こんなこと出来るようにはならない。不可能は、結局、できないが故に不可能なのだから。

けれど。


(同書、序文よりえせ抄訳)


Pit Hartlingによる7つのカード奇術。


本当は紹介したくない本なのですが、現在、日本某所で和訳・製本が着々と進行中とのことで、もはや隠しておいても仕方あるめえと取り上げた次第。

私的洋書ランキングにて、不動の地位を確立している一大傑作。これより良い買い物はしたことがないかも知れません。クラシカルな7つのプロットに対し、独自の解決を提示した作品集。それも解法のための解法ではなく、全てが一級品の作品に仕上がっているのだからとんでもない。

Hartlingというと、某所のダウンロードやLittle Green Lecture Noteなどでは、数理トリックやガフカードの手順が多いのですが、本書は基本的にオーディナリであり、技法による解決が殆どです。(デュプリケートや、事前の準備が必要な場合はあります)

私がこの作品集の何が好きといって、その独創性に加えて、現象のシンプルさ、そして一切怪しい動きをしていないように見える構築です。技法といってもATFUSなどは使われず、FaroやCull、Top Changeなど見えない技法ばかり。無意味なデックの持ち替えなどもない。
仮にタネが判らなくとも、動作の気配が伝わってしまうと、”まあどうにかやったのだろう”と思われてしまいがちですが、本書におけるHartlingの作品にはそのような臭跡がなく、なのに現象はストレートで壮大で、ただただ不可能に見えます。

もちろんその分、非常に難しい作品であることも確か。この中の一作品でも、無意識レベルでこなせるようになれればなあ、と思いながらも時間は虚しく過ぎて今日に至ります。特にいくつかの作品では、技法ではなく”頭”を使う場面が結構あるのですが、私はそちら方面がからきし苦手なのです。


作品以外にも、簡単なショートエッセイがありそれも面白い。
エッセイと言ったものの、その内1つは作品中で繰り返し使用される最も重要な”技法”の解説なので決して読み飛ばすなかれ。

また、比較的普通と思っていた作品もあるのですが、今回再読したところ、ある意味で尻すぼみ的な元現象に対し、適合するクライマックスを見い出す手腕の見事さに気付いてただただ感服。



全編がたくらみに満ち、無駄な物が一切と言っていいほど無い、珠玉の一冊。



なお原書は小振りな布装本。表紙にも小さな意匠があり凝っている。
黒と緑の二色刷。写真のHartilngの笑顔が、随所でまぶしい。




さてここで終わっても良いのですが、ここからの展開も紹介しておきます。

Master of the Messはとんでもないトライアンフですが、第1段がけっこう難しく、敷居が高いようにも思います。
Denis BehrがHand Crafted Card Magic vol.2にて、トライアンフ部分だけを取り出した作品Messy-The Director's Shuffleを発表しています。HartlingのChaos Shuffleは使っていないのでやや魅力に欠けますが、そのぶん手軽で実用性も高くなっています。
マニアックだったVol1にくらべると、Vol2は実用度が高く、輪ゴムのHerbert君も解説されています。お客さんがHerbertの名前しか覚えてくれないとBehr氏はお嘆きでしたが、僕も演じてみたところ、あっさりと主役の座を奪われました。

Color Senseは、初期状態の強調が難しい作品で、プレゼン力が低いと割とあっさりタネを見抜かれかねません。
この現象をベースにしたReds and Blacksという実に巧妙な作品が、Mental Mysteries of Hector ChadwickにてHector Chadwickにより発表されています。Hartlingのものが完全即席なのに比べて、こちらはセット(観客の前でもスタックできますが)が必要で、手順も入り組んではいるのですが、非常にドラマチックな現象に仕上がっています。
Mental Mysteries of Hector Chadwickは現在やや手に入りづらい状況のようですが、以前から絶版再版を繰り返していたのでまた出るかも知れません。仏語版は普通に在庫有りのようです。非常に緻密なメンタルの本で、細部の力を思い知らされます。

7 件のコメント:

  1. Pitは私も来日前から、注目していて、この本も積読です。グリーンのしおりもオシャレですね。頼んでないのにサイン付きでした。ダウンロードの The CoreはSemi-Automatic Card Tricks7巻にも解説されており、Doug Canningがちょっとした改案を2つ載せています。
    Flicking FingersのThe Book or Don't Forget to PointやDVDのThe Movieを引っ張りだしてしまいました。Behrも最初のは持ってますが、、難しくて続きは買ってませんでした。欲しくなってしまいましたよ!
    ところがカード会社から、連絡あり、、海外?の第3者による不正使用がわかり、被害届やカードの再発行の手続き中です。妻からもう海外からは、止めてと釘をさされました。落ち込み中です。
     

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  2. これを積読とはもったいない。上述しましたが、個人的には過去最高の一冊です。
    The Movieは楽しくはあったのですが、やや雑然としていたというか。概してオムニバスは好みではない事が多く、The BookにしてもSemi-Autoにしてもなかなか食指が動かないのですよね。
    Handcrafted、せっかくなので1,2ともレビュー追加しようかな。カードは僕も一度、不正使用がありまして怖い思いをしましたが、幸か不幸か独り身なので抑止力はありません。おかげさまで、正式な買い物なのに相手が発送してくれないなど、色々トラブルは絶えませんが……。

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  3. メンバーのおかげで内容をちゃんと理解できました。日本語でw
    今まで洋書を大量に読んわけでは無いのですが、今まで読んだ中でも
    (日本語でも洋書でも問わず)実演出来たら悪魔的な不思議さであろうことうけあいな傑作揃いでした。
    幾つかは実演されてうわきもっ!となりましたが、やはり手品は不思議だと楽しいですね。
    訳者さんが訳したり練習したり演じたりした上で気付いたポイントとか、
    おまけプリントで付けてくれたのですが、私もちょっと頑張れそうな気がしてきましたw

    私はカードの不正利用は3度目です(レイテスト/昨日)。またカード番号が変わります…。

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  4. いわゆるマジシャン的なハンドリングが殆ど一切無いのが、この上なく好みです。きょうじゅさんの中にいるOLじゃない人は実に良い本を選んだなあと。

    一つだけ文句を付けるなら、High Noonでのシャッフル段のみ、マジシャンの都合が透けて見えますかね。その後の”勝負”は、カードが50枚目とかにあると目も当てられません。つまり勝負を持ちかけた時点で、逆説的に、マジシャンはカードの位置を(おおよそでも)知っていた事があきらかになります。あれ、フォースの後パケットを合わせず、セレクションを自パケットのみに混ぜれば、手を下ろされる危険性も無く、色々楽なのになあと思いました。

    カードの不正利用、みんな通る路なのですね。僕はまだ1度なのでまだまだひよっこです。でもちゃんと払ったのに品物発送してくれないのが現在2件保留中です。

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  5. Hand Craftedのレビューも是非お願い致します。
    カード不正使用は、他人ごとと思ってましたが、、皆さん経験者ですか、、。
    ちょっと安心というか、、複雑です。

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  6. えーと、シャッフルが操作というのはその通りなのですが、そもそもドリブルした残りは他の観客に持っていてもらっていますし対戦相手とは半分弱くらいのパケットで行うんじゃないでしょうか、このトリック。別の観客に渡したパケットは(記載無いですが)最後まで回収しないのでは?

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  7. 済みません当方の誤読でした。”他の観客に”のラインを読み飛ばしていたようで、お恥ずかしい。汗顔の至りで御座います。
    ご指摘ありがとうございました。

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