2026年9月19日土曜日

"Immaculate Misconceptions" Joshua Quinn

Immaculate Misconceptions (Joshua Quinn, 2026)


帰ってきた。Joshua Quinnが帰ってた。それも640頁69エントリのどでかい作品集をひっさげて。本書の5割が、あるいはそれ以上が、なんと使い物になりません。そのうえ本書は2~3万円もするわけですが、関係ないね。大傑作です。買いましょう。


Quinnの前著ParaLies(2008)は素晴らしく面白い本で、その骨子には独創性とアマチュアリズムがありました。突拍子もないアイディアだったり、錯視やパラドクスといった我々が大好きな要素だったりを、むりやり手品の形にしようとする、ある種の素人っぽさです。それが誰も思いつかなかった傑作になったり、あるいは成立するかも怪しい馬鹿手品になったりしていました。

ParaLiesは大ヒットし、Quinnはメンタリズム界隈の寵児となり、そして姿を消しました。約20年が経ってそのQuinnが帰ってきた。


正直なところ不安はありました。メンタリズム界隈に親しんだことでQuinnの良さが失われたのではないのかと。しかし現実には良いほうに転びました。自由なアイディアや奇妙なアレソレを手品にしようという情熱はそのままに、あらゆる既存の手順や原理、道具を駆使して、完成度の高い手順として仕上げ切っています。それでいて、マニアの世界に閉じこもらず、実演を通じて一般的な感性に耐えうるものにしている。

ある原理を現象にし、補助に別の原理を使い、演じやすくするために別の工夫を入れ、さらにはリセットしやすさのために別の原理を組み込み……。あるいは、お決まりの定番手品を取り上げて、明らかに演者の都合すぎて怪しいでしょう、と批判し、おおもとの原理はそのままに、原理の変奏を重ねに重ねてまったく違う姿にしてみせる……。ただし、敷居の高さもあります。あらゆる手を尽くすので、20万円くらいするギミックを要求する手順も平然と収録されています。しかしそれによって――

観客がした自由な選択の結果が、実はずっと目の前に示されていたり。選んだアルファベットタイルからお題に沿って連想を重ねた、頭の中にしか無いその単語を当てたり。演者が語るエピソードの嘘・本当を観客がことごとく当てたり……。


……困った。短い文では十分に魅力を伝えきれません。これだけでは手品ショップの惹句とそう変わらない。なんというか、世の中には、嘘は言っていないけれど、外形上はそういう現象として記述できるけれど、しかし現象としての実感を伴わない手品だとか、不可能の高い魅力的なハードルを解決しているが、言葉の上で解決しているだけというトンチみたいな手品があふれています。

たとえばリストの中から単語を選んで、演者がそれを当てたら、形式としては「心を読んだ」といえるでしょう。けれど本当に心を読まれたと感じるでしょうか?  後者のトンチについてはACAANやOpen Predictionを想像してもらえれば、それはもうウンザリするくらい分かるでしょう。

Quinnの手品はそうではない。もちろん「心を読む」事は出来なくて、それは嘘なんですが、あらゆる嘘を駆使して、観客にそう感じさせようとしています。すべての手順をそういったレベルに仕上げようと作り込んでいる。


さて、こんなに素晴らしいのにも関わらず、本書の手順は半分以上が使い物になりません。言語依存が大きすぎるからです。多くの手順がそのままの形では使えないし、いくつかに至っては完全に翻訳不可能です。

まず本書の目玉、第一章In Plain Sightは予言を隠すために言語や文字を駆使しており、ほとんどが日本語にできません。Equivoqueを扱った第四章が苦しいのはもちろん、ParaLiesからさらに発展したThought Chunnelを扱う第5章も、根底にスペリングがあるのでどうにもならない。第三章Cards Against Telepathyは超不謹慎なアナログゲームCards Against Humanityのカードを使っており……。それ以外にも、フィッシングや微妙な言葉遣いの技術が至るところで使われています。

英語圏に生まれたかったと思ったのは、それこそParaLiesでThought Chunnelを読んだとき以来です。でも、演じられるとか演じられないとか、そんな些細な事はどうでもいいんですよ。素晴らしい策略にはそれだけで価値がある。それにもちろん日本語でそのまま演じられる手順もありますし、頑張って翻案すれば特別な手順にもなるでしょう。


本書は分類としては現代メンタリズムになるでしょう。けれどそこに留まらず、多くの人にお勧めです。現代メンタリズムは、ブラフや言葉遣いの機微のような、客観的評価の難しい領域に脚を突っ込んでいることもしばしばです。Quinnもそういった原理は大いに活用していますが、しかし根っこにはタネや仕掛けに対する深い愛好がある。あやふやで自己啓発まがいの『テクニック』に留まることはなく、ほとんど必ず人に見せる手順、『トリック』として作っている。

本書は高価ですし、そのまま使える手品も少ないです。しかしタネ・仕掛けが好きなら、絶対に楽しめます。

https://www.immaculate-misconceptions.com/

買おう。ほんとうにすごいぞ。

2026年9月17日木曜日

"Acts, Not Tricks" Luis Olmedo

 Acts, Not Tricks (Luis Olmedo, 2026)


スペインのマジシャンLuis Olmedoの理論本。手品業界ではトリックの解説よりも文章が主体になっている本をなんでもかんでも理論本と言うのでそう書きましたが、本書はそれほど『理論』は扱っておらず、アクトの作り方についてOlmedoが所感をつづった本になります。160ページありますが、かなり贅沢なレイアウトをしているため実質的には100ページくらいでしょうか。

名手Olmedoが自身の経験をもとに、ただのトリックの集合体を超えた、意味のあるアクトやショーを作り上げるために何が必要だったかを短くまとめてくれています。細かい章分け(10章+α)と、前述のレイアウトの関係で、ひとつのトピックごとに長くて6ページ程度なのでとても読みやすい。主張も簡明で真摯です。

さらに文章だけでなく、考えを反映したトリックも3つ解説されています。すべてカード手順で、これがとても良い。といっても、単独で見て優れた手順ということではないので、これらを目当てに買うのはやめましょう。

最初のYellowが顕著ですが、既知の技法やギミックの組み合わせで、演出もまあそんなもんかという程度。悪くはないけれど、既存作品にちょっと個人的な色をつけたくらいのものでしょう。しかしショーの要請――ショーのテーマ、雰囲気、構成上で求められる役割――から逆算され、組み立てられていて、なるほど彼のそのショーではぴたりと機能することが分かります。ショーの目玉手順は別にあるとして、それを支える手品ってこうやって作るんですね。残り2作はもう少し発展的で、映画や本などから受けた感銘を、トリックの形に落とし込む作例。こちらもとても良いです。


現代的でアーティステックなアクトやショーを構築するにおいて、とても参考になる本です。ただし本書でも繰り返し言われるように、すでに十分な技術、手法、現象のストックがあることが前提です。さらに言えば、アクトの核になりうる、新規で、独自で、不思議な、シグネチャー・エフェクトが既にあったうえでの本と言えるでしょう。

ただまあ、アクトまで行かないとしても、惹起したい感情や扱いたいテーマを手品に落とし込む作例として、シアトリカルな手品が好きならきっと参考になるはずです。