2022年6月30日木曜日

"Mr. Jennings Takes It Easy" Richard Kaufman

 Mr. Jennings Takes It Easy (Richard Kaufman, 2020)


本を作るのは簡単で、畢竟、文字さえ書ければ誰にでもできる。とりわけ個人の作品集であれば、作品解説を束ねるだけで形になる。一方で、そこに何かしら特別の効果を持たせるとなると、話はまったく変わってくる。KaufmanはThe Berglas Effectsの時、それができていた。では本書はどうか。

The Royal Road to Card Magicは最高の本なのであのような構成にしたい、と言ったのはJennings本人とのことだが、それを採用した時点で雲行きが怪しくなる。Kaufmanはこの点について最大限の努力を払い、おかげで本書はRoyal Roadのような形式の本にはなっている。しかしRoyal Roadのような効果の本になったかというと否で、ああいった本の魅力は、技法にしろ手順にしろ、様々な人の異なった考えが載っていることから来ているのだから、Jenningsがどれだけ多作だったとしても、一人の技法・手順で編んだのでは本質から全く外れてしまう。

ではKaufmanのほうはどういった意図を持って本書を編んだのか。まえがきには「ジェニングス流カードマジックへようこそ!("Welcome to the Larry Jennings School of Card Magic")」とあり、また「ラリージェニングスのカードマジック入門という、日本でだけ発売された本があるが、それの英語版と言える」とある。しかしこれも、読んだ時点で眉をひそめてしまう。ラリージェニングスのカードマジック入門が成功したのは、凝った技法と手順とを、当時としては詳細に、それでいて簡潔にまとめた小ぶりの本だったからというのがあるだろう。もちろんKaufman自身も、先の引用に続けて「とはいえ、本書は全く異なったアプローチを取っている」と言っている。しかし上巻だけで大判580ページにもなる『カードマジック入門』は、その時点で破綻している。

だから本書は、歪で読みにくい、うすらでかい本になってしまっている。はっきり言って読み通すのはそれなりの苦行だ。おまけにKaufumanの筆はまったく定まっていない。本書は上下巻の予定で、Easyを冠する上巻は簡単な技法を扱うという話なのだが、「Jenningsにとって簡単という意味だから」とダブルカードをずらさずテーブルに放らせたりする。「この技法はよくあるXXという問題点を解消している」と、それ自体は実に納得のいく技法を紹介して、しかし次の技法では問題点XXを平然と許容してしまう。「Jenningsは演出もよかった。一般の人に見せるときはいつも楽しい演出にしていた」と言いながらまったく具体的な記述がないばかりか、「ブラザーハーマンのアンダーグラウンド・トランポジションって手順があったよね?」で始まる手順が載っている。なにもかもがちぐはぐだ。数々の手順も、作品として載っているのか、教材として載っているものなのか……。

だがKaufmanはこうも言っている。「Vernonが『花のように優雅』と評したように、Jenningsのカードさばきはとかく素晴らしかった」。Jenningsがそのように言われているのは知っていたが、私個人は全くそう感じておらず、Vernonの評にしても、晩年の氏は何を見ても「いいね!」と褒めてたというのと同じ話かと思っていた。だけれど、この点に限って言えば、本書を読んで認識が改まったところがある。

いくつかの技法は確かに、既存の問題点を美しく解消している。こういった細かな試行錯誤が他にも無数に盛り込まれていたのだったら、確かにJenningsのカードさばきは美しく、マジシャンも引っかけるようなものだったのかもしれない。私はJenningsのことをあまり高く買っていなかったのだが、少なくともこの点に関していえば、認識を改めた。580ページの分量に見合っているかと言えば疑問で、もっといい提示の仕方はいくらでもあったろうが。

ともかくKaufmanのJennings愛だけは痛いほど伝わったし、圧倒された。ここまで来たら後半も付き合いますから、はやいところTakes It Hardも出してくださいよ。また20年以上かかると、さすがにお互い寿命も怪しいからさ。