2020年7月31日金曜日

"False Anchors" Ryan Schlutz

False Anchors (Ryan Schlutz, 2020)

Ryan Schlutzの最新・限定作品集。ギミック付き。

セルフワーク系のDVDを相次いで発表し大評判のRyan Schlutzの最新作。昔読んだ初期の作品集がイマイチだったのだが、本書はハンズオフ系統の本のようだったので買いました。あと限定商法にのまんまと載せられました。

で、やっぱり私はこの人あまり好きではないですね。本書も、手順自体の出来は別として、構成や売り方に大きな問題があると思います。

本書のまえがきで、False Anchorsという語について説明があります。かつては直線的な手順作りをしていたけれど、より「何もしていない」手順を好むようになり、そのなかでFalse Anchorsというコンセプトに至ったと。本書を通じてFalse Anchorsを使った手順を議論していくぜと。

けれど本の中で、結局False Anchorとは何なのか、どのように使うべきか、具体的に論じられる事はありません。時折思い出したように、ここがFalse Anchorだという言及はあるけれども、ほとんど掘り下げられてはいない。もちろん実例を多数提示することで、コンセプトの輪郭を描くという方法もあるけれども、数としてそれにも不十分と思います。というか収録作には、本当に「ただの技法」としか言い様のないものや、「実はこれ二枚でも出来る」程度の既存手法の改案などもあり、False Anchorというコンセプトが通底しているとはちょっと思えません。もっというと、わざわざFalse Anchorって名付けるほどの、特異なモノだったのかも僕はまだよくわかっていません。

本書は氏が出していた同名冊子3冊の合本・再編集版ってことなので、雑駁になるのはしょうがないかも知れない。でもそれならかっこつけたイントロダクションは誤解を生むだけなのでやめて欲しかったな。また比較するのも酷かもしれませんが、つい最近、Ben Earlが同じようにノートを再編集してLess is Moreという思想が具現化したような一冊をものしているので……。

かっこつけでいうと、なんかかっこいい写真/イラスト+なんかかっこいい名言のページがたびたび挟まれます。これがマジシャンからソクラテス、ウォルト・ディズニーまで節操がなく、さらに悪いことに前後の内容とも関係が無い。しかも130ページという薄い本なのに、これが20ページもあるんですよ。誰か止めなかったのか。

本の構成と解説の文脈が悪いだけで、収録されている手順は悪くないです。ハンズオフと言うからセルフワークかと思ったのですが、原理や何やというより、サトルティやタイミング、ペンシルドットなんかを組み合わせて操作感を減らしているという方向性。特に、演者と観客がそれぞれエンドグリップでカード1枚だけ持っている状態で、単にお互い手を返すだけでカードが入れ替わったように見えるIn-Air Transpoはマジシャン騙しではないものの著者の言うハンズオフ感が良く出ています。また借りたカードで、かつカードをテーブルの下にいれていても行える色の判別Strange Gift、奇道ではあるが非常に不可能性の高いカード当てI Love Youあたりは素直に感心。

怪しさの無いハンドリングという意味での「ハンズオフ」としては良策揃いでしょう。私自身はエルムズレイ・カウントなどが醸す外連味も好きなので、このスタンスに全面的賛同はしませんけれども。