2019年10月31日木曜日
"Principia" Harapan Ong
Principia (Harapan Ong, 2018)
Harapan Ongのカードマジック作品集。個人作品集と言うにはちょっと趣が違い、研究成果報告のような内容。形式と内容が合致した、非常に面白い本である。
今回はまず造本の話からしなくてはならない。私の趣味の話ではなく、それが本書の特徴であり、利点でもあるからだ。本書のタイトルはもちろんニュートンだが、内容も論文集の形をとっている。各作品のことをPaper(論文)と呼び、それぞれAbstract(概要)から始まり、Introduction(はじめに)、Methodology(手法)、Results(結果)、Analysis & Discussion(分析と考察)、Conclusion(まとめ)、References(参考文献)と項目立てられている(私自身は英語論文にそこまで親しみはないので、文体まで真似しているかは判断できない)。
著者はイギリスに留学し、物理学を勉強していたという。なので論文風の紙面も、タイトル同様に著者のそういった背景をにおわせる遊びの一種か、と思いきや、これがマジックの解説書として非常によい働きをしている。改案の目的がはっきりと示されるし、また自作の欠点、さらなる改善を要する点にも率直に触れている。全ての手品解説に適用すべきフォーマットでは当然ないが、今回のような内容には非常に適している。
なおこちらは完全に趣味の話だが、表紙が中にクッション材でも入っているのかふかふかしているという、他でちょっと見たことのない造本だった。
そして作品だが、いわゆる研究家タイプの作品群である。過去の手順や現象、プロットに対して、あるいはよくある状況に対しての、新しい解決手段の研究や提案がされている。特に、著者の特色はあえて抑えられているようで、誰にとっても得るものがある。科学の分野では、自分の発見が先人の多大なる業績のうえにあることを、『巨人の肩の上』と言い回したりするが(これもニュートンが使ったことで有名だ)、本書はまさにそういった内容だ。個人作品集というと、良かれ悪しかれその著者のキャラクターに焦点が当たるが、本書はある意味ではより無個性に、カードマジックというジャンルそのものの、過去から地続きの新たな一歩というものが感じられた。たいへんお薦めである。
ただ、いくつか引っ掛かった点もあるにはある。たとえば本書は、『新規性』を掲げることで手順自体の完成度を不問にしている。それはいいのだが、中には私でもちょっと知っている感じの(つまり新規性のない)アイディアがあったように思う。まあ、ほんとうにひとつかふたつではあるけれども。
また最後にThe Trick That Cannot To Be Explainedに関するエッセイとアイディアの章があるのだが、ここで使われている手品と科学のアナロジーにはあまり感心しない。深入りはしないが、私の基準では、よくない科学アナロジーの典型に思える。
ただこれらの欠点はトリビアルなもので、この本の価値を著しく貶めている真の欠点は別にある。大変遺憾なことに、本書はこれだけ紙面を論文っぽくしているにも関わらず、数式がビットマップ画像なのだ。しかもjpegボケしているのだ。これはあきらかに画竜点睛を欠いている。
たぶん著者も刷り上がりを見て、ちょっと悲しい目をしたのではないかと思っています。再版するときはなんとしても直して欲しい。