2018年6月29日金曜日
"Handcrafted Card Magic, Vol. 3" Denis Behr
Handcrafted Card Magic―Volume 3(Denis Behr, 2018)
Denis Behrのシリーズ、最新巻です。
シリーズを読んだことのある人は先刻承知と思いますが、この薄いハードカバー本の内容は非常に偏っており、尖っています。
非常に簡素な書きぶりの93ページ、技法も含めたカードオンリー9作品は、世界最高峰の研究家である筆者のレパートリーであり、著者の研究成果であり、ために、読者のための配慮というものが最小限です。基本技法の解説はありませんし、求められる技量は物理的にも観念的にも高く、スプレッド・カルやパーム、ボトム・ディールは当然で、メモライズド・スタックも使います。フルデックのギミックも使います。そういうことを承知で買う必要があります。
だから本書は、初心者には絶対に向いていません。しかし内容は折り紙付きですし、特にMnemonicaを使っている人は必読です。仮に本書の手順を演じないとしてもです。
本書では、これまでの2冊と異なり、メモライズド・デックそのものは使いません。しかし二つの手順、徐々に不可能性を増す(ように演出された)3段のメイト一致現象Routined Arith-Mate-ic、それからメイトを配るギャンブリング・デモンストレーションから始まる素晴らしいメイト手順Mating Seasonの二つが、それぞれ異なった一般的スタックを必要としており、これがMnemonicaから、それも非常に少ない手順で遷移可能なのです。トリック自体も素晴らしいですが、Mnemonicaからこれらのスタックへの遷移手法だけでも本書の値段以上の価値があります。これらのスタックにはさまざまな研究があり、この遷移手法はこれらのトリックにのみ留まるものではありません。
またMating SeasonはPit Hartlingの未発表アイディアが使われており、これがすごい。カードをテーブルに広げ、ばらばらであることを示した後、すべてがメイトになります。セットアップのためのハンドリングがちょっと難しいですが、非常に不思議。
Fulvesの原理を、これもHartlingと検討したというPhotographic Memoryも素晴らしい手順です。よく混ぜた後のデックを記憶し、さらに混ぜた後で元の並びに戻す。観客に混ぜさせられない事だけが瑕疵といえば瑕疵ですが、しっかりと混ぜたこと自体には偽りは無く、それでいてこの現象が達成できる。現象の不思議さも原理の巧妙さも、やはりこれ一作で本書の値段以上の価値があるでしょう。
そういったスタックの特性を非常に上手く利用した手順がある一方、パーム、ホールドアウト、ボトムディール、パームスイッチだけで成立しているようなゴリゴリのギャンブリングデモもありますが……。
さておき、これまでの2冊以上に、スタックや原理の賢さが光る本であり、思わず膝を打つ、手品の面白さがありました。また、かのHarbert君も帰ってきます。手段を選ばないマルチプル・セレクション・ルーチンは、そのものが非常にフェア(観客が自由にカードを戻し、混ぜられる)うえに、他の手順への発展性もあり、なんというか、すごい本であり、楽しい本です。非常に洗練された手品の楽しみがあります。
クレジットがしっかりしており、かつBehrの書きぶりが控えめなので、オリジナリティがどこにあるのかちょっとわかりにくいのが難と言えば難。またこの巻含め、シリーズの多くの手順がDVD Magic On Tapに収録されました。本でのBehrの書きぶりは簡素なので、手順によっては、未見ですがDVDの方が良いかもしれませんが……。でもまあ本書での一番のおすすめPhotographic MemoryはDVDでは演技のみ、解説が読めるのは本書だけのようですから、やっぱりマスト・バイですよ。