2016年7月29日金曜日
"This is Not a Box" Benjamin Earl
This is Not a Box (Benjamin Earl, 2016)
Past Midnight DVDで一大旋風を巻き起こしたBenjamin Earl。それ以降は大規模なリリースは行っておらず、自費出版の雑誌やレクチャーノートなどを比較的閉じた範囲で発表している模様。
これはメーリング・リストでのみアナウンスされてた冊子のようで、まったく存在を知らなかったのですが、Vanishing Inc.が取り扱うようになっていて急いで買いました。
もともと少し高尚というか気取った感じのあったBen Earlですが、この冊子はそれを推し進めた感じ。目的はふたつ。
・軽視されがちな『単純なトリック』がもっている手品の本質とも言える部分に目を向ける
・誠実な演出でもって、手品の本質を強烈に観客に伝える
手順はカードが4つ、コインが1つ、小物が1つで、このページ数にしては多く解説されていますが、手法的な面から見るとほとんど無価値です。カードで言うと、基本的にはクラシック・パスでコントロールし、トップ・チェンジですり替えるだけ。現象は強力だとは思いますが、特殊な構成やオリジナル技法といったものは無いので、そういうのを求める人には本当に、まったく、一切意味がありません。
で、演出が本書の肝なのですがこれはDerren BrownとDavid Blaineのあいのこといったところ。シリアスで、リアリスティックで、かつ誠実な演出。超能力だとかハンドパワーみたいなウソの権威を用いずに、しかしそれなりに崇高なものとして手品を見せる方法です。
たとえば収録されているコインの手順は、1枚のコインが左手から右手へ一度だけ移動するという極めて単純な物です。しかしもし実際に、現実の世界でそんなことが起こったら、これは相当ショッキングでしょう。Earlが本書で求めているのは、そこです。
ただこれは難しいです。もちろん私は手品が好きで、手品をくだらないものとは思っていませんし、馬鹿にされたり軽んじられたりすると腹も立つわけですが、一方でそこまで崇高なものとも思いません。Ben Earlくらい上手くて、TVとかにも出てるとなれば、こういうスタイルも活きるのかもしれませんが、私のような者には使いづらいというのが正直なところです。
極めて単純な手順と、極めて大仰な理論のノートでした。誇大広告だ詐欺だと誹られてもまあ仕方のない内容ではありますが、それなりに面白かったです。変なタイミングで読んだらこじらせそうですが、いざというときの『とっておき』として1つぐらいこういったアプローチを用意しておくと、非常に役に立つ場面もあるかと思います。
上手くはまれば、非常に深い感銘を与える事ができ、そしておそらく、それは他のアプローチでは達成困難なものです。
あー、それから。この本ふくめた一連の出版物では、収録作品の演技権利が非常に限定されています。録画してyoutubeに乗せたりしたら駄目なので、前書きちゃんと読んで気をつけましょう。