2014年6月27日金曜日
"Crimp issue 1" 編・Jerry Sadowitz
Crimp issue 1 (編・Jerry Sadowitz, 1992)
現在ではもはや一般販売していないながらも、1992年から連綿と続くJerry Sadowitz発行の同人雑誌。その第一号である。
ジョークやナンセンスが盛り込まれたA4の8pp。文字もレイアウトも手書き・フリーハンドで読みにくい事この上ないが、幸い手順に関しては可読。ギャグについて書いても仕方ないしそもそも僕の英語力ではよくわかんないというのが正直な所なので、さらっと手品だけ紹介。
Sadowitz自身の手順はないが、どの寄稿作もよく考えられている。SadowitzのCards on the Tableでは観客をうまく引き込んでいく演出、ひねったプロットが良かったが、この冊子もそういった基調が保たれているようでうれしい。
ただし今回はきわどい演出もあって、少しばかり大人向きです。
マジックは(読み逃してなければたぶん)3作。
BROTHEL!:Fred Fotzstone
売春宿。というタイトルの、大人向きな演出の手品。
ところがこれ演出が本当に面白くって、大変気に入りました。
20年前だとこのオチはブラックだったのでしょうが、今だとちょっと違った感じに受け取ってもらえるかもしれません(一部の人には、ですが)。
Challenge Conditions:Raj Patel Jr.
コインを片手で握り込んで”消した”ように見せるための策略。
Sherlock Never Married:Peter Duffie
マリッジプロット。挿絵がひどすぎるw
最近、それまでずっと嫌いで仕方なかったプロットに、急に面白い作品を発見する事が続いているのですが、これもそう。数理トリックと手指のマジックとを上手く組み合わせており、見た目シンプルで、わかりやすく、不思議で、さらにパンチが効いてて面白いです。
こういうことするとSadowitz先生に怒られたりするのかしら。
ともあれ、プレミア価格を出す価値があったか、つまり世に知られていない原理や技法やプロットやなにかほんとうに"不思議"なものはあったか、と言われれば否なのですが、内容はとても面白かったです。これが普通に読める世界であって欲しかった。
特にBrothel!は大変気に入りまして、珍しくレパートリー直行です。
もし何かの間違いでお会いすることがありましたら、例の売春宿の手品ってできます?と言ってもらえればできるかもしれなくないかもしれないです。
2014年6月26日木曜日
"数学で織りなすカードマジックのからくり" パーシ・ダイアコニス&ロン・グラハム
数学で織りなすカードマジックのからくり
(パーシ・ダイアコニス&ロン・グラハム, 2013)
Magical Mathematics (Persi Diaconis&Ron Graham, 2011)の和訳。手品関連本にしては素晴らしく早い翻訳です。
実は元本も買ってます。だってあのDiaconisですよ。伝説的なまでに高名ながら、手品作品などでの露出がほとんど無かった彼ですよ。そんなの名前買いするに決まってるじゃないですか。
で、いつもだと原書持ってるならあえて邦訳版買わなくてもいいやん……、というスタンスなのですが、これは扱う数学の話がちょっと難しくて、英語では追い切れないまま積んでいたのでした。というわけで邦訳に飛びついた次第。
邦語版については、いろいろと残念に思う点もあります。
①装幀がチープ。ソフトカバー本文白黒。原書は布装ハードカバー、フルカラーでたいへん素敵。
②ピーター・フランクルが邪魔。帯の推薦文への登場はいいんですが、なぜ本体ソデにもあなたの写真がありますか。DiaconisとGrahamの近影は無いのに!
③手品部分の翻訳に少し違和感。「5枚のカードの心理的圧力」とか、エド・マーロとか。
原著書影。かっこいい!
とはいえ、訳が出たのは大変めでたい事でして、これらのちょっとしたマイナスなんて吹き飛んでしまいます。後述しますが、マジシャン向きの本という事でもないようですし。
マジック的な内容としてCATOやギルブレスの解説と発展系、各種の規則的なシャッフル(Faro、Klondike、Down-Under他)、それから『数理奇術師列伝』と題された、有名な数理作品をものしたマジシャン達の小史。またジャグリング枠として、基本的な3ボール・カスケードの解説と、サイトスワップ(と呼ばれる分野があるんです)の数理的な解析。
Diaconisがその遍歴の中で蒐集し、厳選した作品の中には著名マジシャンの未発表作なども多く含まれています。『未発表作』という単語だけでご飯が食べられるマニアにはたまらない内容です。またそれにもまして『数理奇術師列伝』で活き活きと描写されるマジシャン達の様子や彼らのペット・トリックは、Diaconisでしか知り得ないエピソードや、詳細な研究に基づいており、マジックの歴史を知る上でも大変面白い内容です。
ただ作品全体という意味で見ると、特に数理解説の章での手順は、良くも悪くも数理マジックの範疇に留まっていると思います。現象に対してあまりに手続きが長く、純粋な驚きはどうしても減じてしまうというか、数理の気配が見えてしまうと思います。ただまあ、それはマジシャンのみからの観点であって、Diaconisたちの目標は『数学としてもマジックとしても面白い作品』なので仕方ないでしょうか。いくつかの原理についてはその発展系やより統一的な形なども明かされるのですが(ギルブレスの究極原理など)、それが分かったら面白いマジックが出来るか、というと別でしてまあ難しい所です。
原理の解説はかつてない程に詳細で、私にはちょっと高度すぎる箇所もありました。元々プリンストン大の出版部から出ている本で、どちらかというと数学徒を対象にしているのではないかという感じがします。用いられる数学は主に離散数学なのですが、『離散数学は簡単!この前やったスイスの学会・合宿でも、博士取れたての人が素晴らしい発表をした。だから君も飛び込んでおいでよ!』みたいな文言があり、想定している読者レベルがとても高いのではないかと。また、数が違う場合の証明は自分で考えてみて、とか、実はこれは未解決なので取り組んでみてほしい、という箇所も多いです。
というわけで、数理原理の解説にあてられた章は、どちらかといえば数学科の生徒や、数理原理を用いて創作するクリエイター向きと思います。個人的には数学読み物を読んだような気分でした。数学界というのは凄く高尚な事をやっているのだろうなあという思いがあったのですが、ただ一組のトランプから未解決問題がぽんぽん出てきて驚いたり。数学には『分かっていない事』がまだまだたくさんあって、それが日常にも多く潜んでいる事、そして数学屋が世界を見る視点のようなものがかいま見えて面白かったです。語りも平易なので、数式などは読み飛ばしても面白く読めます。
レパートリーを増やしたい、たくさん数理マジックを仕入れたい、という人には向いてないと思いますが、一流の数学者がマジックをどう見ているのか、我々が親しんでいる原理が実はどれだけ奥深い物なのかなどが分かりますし、また有名な過去のマジシャン達のエピソードも読み応えがあり良い本でした。
>追記
伝説的と言ったDiaconisですが、本当にぶっ飛んだ経歴の人です。そのあたりは石田隆信の『パーシ・ダイアコニスの奇跡的人生とマジック』に詳しいです。一読の価値有り。