Cards on the Table (Jerry Sadowitz, 1989)
奇人Sadowitzのカードマジック作品集。
Sadowitzはイギリスのマジシャンでありコメディアン。マジック界では、作品盗用についての偏執狂的な言動で知られるようになってしまいました。一部、彼と仲の悪い人々からは狂人扱いされたりもしています。
実際、Sadowitzのサイトなり、彼が発行する
Crimp Magazineの表紙なりを見ると、かなり危険な空気が感じられますが、一方で作品自体の評価はとても高い。
日本では、実践カードマジック事典にMr.E.OZO名義の作品
Out of Sight が載っていますがこれがまた素晴らしいのです。ただこれ、無断で掲載したみたいで、こういう諸々がSadowitz氏の他の作品に触れることを一層困難にしてしまっているわけなのですが……。
残念ながら、それやこれやがあって、Sadowitz氏は現在、極めて限定的にしか作品を発表していません。前述の
Crimpも入手困難です。いまでも一般的に手に入るのは、この
Card on the Tableと
Card Zones(
Cards Hit などの冊子を合本、Peter Duffieとの共著)の二冊。
この
Card on the Table、裏表紙には”彼の最初のハードカバー本だぜ”とか書いてあったのですが、私が入手したのはソフトカバーでした。2003年の復刊版だからでしょうか。ちょっと損した気分でありつつも、自らがハードカバーだと主張するソフトカバー本という撞着した物体に奇妙な愛着も覚えつつあります。
あとLybraryでe-bookも出ていますが、Sadowitz氏は、Martin Breeseに許可したのは実体版の販売のみで電子版は契約違反だと言ってたハズなので、e-book版の購入は控えました。
さて本書は二十と少しのカードマジック+技法を解説した本。
いやねえこれがめちゃくちゃ面白かったのですよ。比較的クラシカルなプロットに対して、どれも面白いアイディアやひねりが加えてあり、実に不思議に仕上がっています。
アニメイト、カード当て、スペリング(?)+マインドリード、Out of This Worldの変種、トランスポジション、時間逆行(?)、トライアンフ、財布に通うカード、ギャンブル、Out of Sight Out of Mind、ユニバーサル、トーンアンドリストア、マリッジ、ピプスの移動、アンビシャス、カード To ポケット、エスティメーション。
もうほとんどの現象を網羅している気がします。その上で、7~8割方が身につけてみたいと思わせる内容。なかなか無い事ですよこのクオリティ。
二つ三つ紹介を。
Aces in King 赤と黒のAのトランスポジション。でもAだけだと、畢竟、持ち替えるだけで交換できる。それじゃあ簡単だから、と、どんどん条件を足していく。まず赤のAは赤のKの間に、黒のAは黒のKの間に挟む。さらに赤はデックの中に入れて触れなくしてしまう。この条件下でも、黒のパケットがデックに触れた瞬間、黒のKから赤のAが現れ、デックを広げると赤のKの間に黒のAが挟まっている。
自分でハードルを上げていく辺りのセリフとやりとりが面白くて、お気に入りです。
The Backward Card Trick 一般的なカード当てを逆回しで行う。観客のカードを当ててから、観客にカードを引いて貰う。奇妙。
The Healers 破いたカードをQの間に挟むが、次の瞬間には元に戻っている。現象自体と処理が並列して行われ、ほとんどエンドクリーンなのが素敵です。
Name A Card Triumph 選ばれたカード、ではなく、相手が言ったカードで行うトライアンフ。Benjamin EarlがDVDで似たことをやっていますが、Sadowitz氏は自分へのクレジットが不十分だとえらくお怒りでした。
こんな感じでどれも面白いのです。こういう”不思議さ”やプロットとしての”求心力”のようなものは、プロとして実際に使う手順だからこそでしょうし、またセンスに依るところも大きいでしょう。すっかりファンになってしまいました。
ハンドリング、現象、演出に不合理な点が少なく、そこも好みです。
手法としてはターンノーバーパスや、ダブルディール、ボトム+トップのターンノーバーなどが多く、なかなか難しいものもあります。また解説されていない技法もあるので、ある程度の知識がないと大変かも知れません。
全体にWaltonの影響が顕著ですが、個人的な感想としてはWaltonよりもSadowitzの方が格段に面白かったです。
これは私自身の読み取り力と、Waltonの非常に簡素な記述スタイルのせいもあるのでしょうが、ひねりもアイディアも単発ぎみで実験的なWaltonより、それをしっかりとしたプレゼンテーションと構成でマジック仕上げているSadowitzの方が即戦力であるのは間違いないです。
なんで、
Complete Walton 復刊の報も聞きましたが、まずは
Cards on the Table を手に取ることをお勧めします。決して、古本で集めた直後に復刊とかやめてくれよ、とかそういう僻みではありません。
という訳でSadowitzの
Card on the Table でした。面白かったー。正道から外れた、ちょっとひねくれた感じがあるのですが、そのひねりが相手の興味を引くような形で上手く演出されているのが良かったです。
カードの本というとPit Hartlingの
Card Fictions という実にどうしようもなくハイレベルな本があって、それを超えるのは非常に難しく、このSadowitzの本もあれほどの不思議ではありません。手法もプロットも、一般的なカードマジックの流れにあるため、マニアも引っかけられる作品というのはあまり多くはない。
けれど、だからこそ、「いわゆるカードマジック」の本としては
Card Fictionsより優れていると言ってもよいかもしれません。
こういう本こそ和訳してほしい、なんなら和訳したいくらいなのですが、Sadowitz氏にこのあたりの話題を振る勇気は持ち合わせていません。